桜と鳥について
ああ、この空、この蒼く、何よりも広い桜。この上を優雅に飛ぶあの、名前も知らない鳥に成って、枝に居座り、人間たちの酒宴を見下し、ピィピィと囀り、禿頭の酔人に向かって、一踏ん張りしてやりたいだとか、そんな下らないことを考えて、そして直ぐ忘れて、また同じことをして、過ごして居たい。
そうか、こんな意味のないことを考えてしまうのは、僕が鳥だったからだろう。僕は、あの桜の枝に、ちょこんと独り佇む、そうかあれが、私だったのか。そういえば、あのとき別の鳥が、僕の隣でちょんちょんと、桜の花弁を突いて、引っ張って、その花弁を、ふわっと風に乗せたり、そんな無意味で、非生産的なことを、ずっとして居るものだから、僕はそやつに
「何故そんな下らないことをして居るんだい、そこに理由が有るとも思えないが」
と、ニヒルに吐き捨てた。そやつは、僕の目を少しも見ずに
「理由がないと行動が出来ないのかい君は。下らないことをしないと生きていけないよ、というより、生きていることが下らないということに気付けない君が一番下らないし、生きている理由がないんじゃないかい」
だなんて、思い出した。あのときの音声は、冬でいうところの雪、しんしんと降る雪、それと同じようにきこえたり、はっきりと、僕は覚えて居る。何故だか、そやつのその、真理を突いたような、何だか僕の、僕の顔にかかった土埃を、白くしなやかな掌で、サッサと払ってくれたようなあの、言い返せない程強い、あの言葉には力があった。このちっぽけな脳みその、海馬だとか言うものに、腕に突き刺したナイフのように、刻み付けてある。
僕は、きっと鳥だったのだろう。こんなにも、鮮明に覚えているのに、誰がそれを否定できる、できようものなら、必死に、抗って、この四肢を振り回して訴えるだろう、僕はあの、桜の上に飛ぶ鳥だったんだ、確かに、僕はそこに存在したと、叫び回るだろう。
彼は、最後まで暴れていました。声も掠れて、まるで生まれたての小鳥のような音を発しながら、拘束具をどうにか外そうと必死に藻掻いていました。やがて雀の涙ほどの雫を、生きる力と共に流して、彼はそっと息を引き取りました。彼は、桜を愛しては妻の私に必死に
「君とはこの桜の木で出会ったんだよ」
「君は僕に生き方を教えてくれたんだよ」
「僕は先にこの桜で待っているんだ、君は僕の桜だから、僕より先に桜になってはいけないよ」
だなんて、笑顔ではしゃぐものだから私もその場では微笑んでいました。彼は、本当に桜に成って仕舞いました。
今は二月、まだ蕾にもならない桜。私はあと何日経ったらそちらにいけるのでしょうか?何日もの間、貴方の上にかかった土埃を払い続ければいいのでしょうか?永遠に貴方の海馬に残り続けて、桜にも成れない私は、いつまで息を吐いていればいいのでしょうか?ああいますぐ貴方の居る桜の根元を抱きしめて、枯れるまで泣き続けて居たいのです。
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