ちょうど七年前の二月十四日、初恋の人に手紙を送りたいと思う。

酒絶 煙造

第1話 手紙

 高校を卒業して以来だから、この子供部屋に入るのは七年振りか。時計の針が巻き戻されて、昔の思い出が雪崩のようにダーッと脳裏に押し寄せてきそうだ。


 おっと、いけない。懐かしむのは後にしないと。今は部屋の掃除に集中、集中。再び、この部屋で生活するのだから。


「せっせっせっーのよいよいよい」


 俺は鼻歌を交え、窓枠、本棚、机の外側を順に雑巾でゴシゴシ拭いていった。その流れで机の引き出しを開けた。


「ん? 何だ、これ?」


 空っぽだろうと思っていた引き出しの中に、可愛らしい雪だるまのイラストが入った白色の洋形の手紙がポツンとあった。糊付けされたままなので、恐らく未開封だろう。


「誰から……って、マジかよ」


 手紙の裏側を見てみると、右下に桃井涼子(ももいりょうこ)と差出人の名前が小さく書いてあった。


 桃井涼子は俺と同じ年の幼馴染だ。彼女とは幼稚園から高校まで同じ学び舎で育ち、顔を合わせれば気に留めない軽口を叩き合った。時には彼女からくだらないイタズラをしかけられたりもした。


 噂を立てられるのも嫌だったので誰にも打ち明けなかったが、彼女は俺の初恋の人だった。



 ――現在進行形ではない、昔の恋だが。


 それにしても、何故桃井涼子の手紙が俺の机の引き出しの中に入っていたのか。


 ウーン……。



 結論――考えても、埒が明かない。


 取り敢えず、と俺は手紙から便箋(びんせん)を取り出した。



『明日の午後三時、間桐(まとう)商店に来て』



「……たった一文だけか。要件は会って済ますつもりだろうか」


 あっさりというか、適当というか……まあ、涼子らしいな。待ち合わせは間桐商店か。懐かしい響きだ。俺が高校生の頃、少年誌の立ち読みでよくお世話になっていたな。


 やれやれ、仕方ないな。あまり乗り気はしないが、折角だから思い出の地巡りの一環として行ってみるか。


 帰郷して早々だが、仕事を辞めて地元に戻って来た、この無職の身が甚だ心地悪い。なので、俺は明日から就活の為にハローワークに行く予定だ。その帰りに間桐商店に立ち寄るとしよう。



 ――今でも潰れずに店があるかは分からないが。




 翌日の午後二時半、ハローワークで一応の求人探しを終えた俺は、そのまま徒歩で間桐商店へ向かった。その道の途中、母校の鴎山(かもめやま)高等学校にも立ち寄った。


 懐かしの校門、その周りの桜の木々は、二月中旬という時期なので小さな芽がついている状態だった。これが春となれば、花を咲かせ、今年の卒業生への手向け花へとなるのだろう。



 そこから俺は数分ほど歩き、目的地の間桐商店に辿り着いた。


 間桐商店――俺の昔の記憶だと、駄菓子や漫画雑誌、プラモデルなどが置いてある古びた個人商店だ。


 久々に店の前を訪れた感想としては、やはりというべきか、建物自体に相当ガタが来ている様子だ。二階建て木造家屋の一階がお店のスペースなのだが、外壁のあちこちにひび割れと黒シミが見受けられる。ちょっとした天災で倒壊の危険がありそうだ。レトロでザ、昭和といった味わいがあるので、個人的には嫌いではないが。


「取り敢えず、中に入ってみるか」


 俺は間桐商店の手動ドアをガラガラと開けた。


 店の中を見渡すと昔と変わらず、駄菓子や漫画雑誌、プラモデルなどが所狭しと並べてある。


 昔は気にも留めなかったが、プラモデルは年代物ばっかりだ。俺が小学校高学年の時に、夢中になっていたロボットアニメの品もある。当時は友達と一緒にこの作品のキャラクターになりきり、必殺技を大声で叫びあっていたものだ。


「いらっしゃい」


「うわっ!」


 突然の背後からの声に、俺は驚きパッと後ろを振り返った。そこには、俺が高校生の頃と大して見た目が変わってない、ボサボサ白髪でスリムな店主が、いつの間にか立っていた。


 回想に夢中になりすぎたせいだろうか、店主の気配に全く気づかなかった。


「あれ? どこかで見た顔だね?」


 老人はニコッと微笑みながら俺に尋ねた。


「あっ、はい。僕、高校生の頃、このお店によくお世話になっていたんですよ」


 俺も愛想良く答えた。


「そうなの。それは昔の常連さんに悪いこと聞いたなあ」


「いえいえ、気にしないで下さい。僕が高校生だったのは、だいぶ昔のことですから」


「そうかい? それは良かった。折角だから、店内を見て回ってよ」


「はい。そうさせてもらいます」


 腕時計の針は二時五十分。まだ涼子は来ていないみたいだし、時間をつぶすとしよう。


 俺は辺りをキョロキョロ見て回った。漫画雑誌……プラモデル……文房具。


「おっ!」


 思わぬ発見だ。文房具コーナーの中に数種類のレターセットが置かれてあり、その中に涼子が俺に送ったのと同じ雪だるまのイラストが入ったレターセットがある。呼び出し場所がこの店だったのも、ただの偶然とは思いにくい。きっと涼子はこの店でレターセットを購入して、俺に送ったのだろう。


「気になる商品でもあったの?」


「はい、あれです」


 俺はそのレターセットを指さした。


「あれを? どうして?」


「実は僕、昨日実家に戻ってきたばっかりなんですが、机の引き出しにその雪だるまのイラストが入ったレターが入っていまして。中身の便箋の文面には、間桐商店に来るようにと綴(つづ)られていたので、それで僕、この店を訪れたんですよ」


「ほう、そういうことだったのか」

 店主はウンウンと頷いた。

「なら、手紙の魔力に導かれたのかも」


「えっ?」


「この手紙は『魔法の手紙』だからね」

 店主の顔は至って真面目だ。

「信じてないでしょ?」


「ははは……」


 俺は顔をピクピク引きつらせ、乾いた笑い声を絞り出した。



 ――正直、対応に困る。信じる、信じない以前に、この爺さん呆けたのか、って話だ。


「ならば、いつ送られてきた手紙か教えよう。七年前の二月十三日……お兄さんと送り主が、高校三年生の頃の手紙だよ」


「なっ⁉」


 七年前の手紙⁉


 いやそれよりも、俺と涼子の年齢をピタリと当てるとは……。この場にいる俺は見た目で判断できたとしても、この場にいない涼子までは不可能だ。


 全身から変な汗がブワーッと噴き出してきた。前言撤回。この店主、一体何者だ。


「少しは信じる気になった?」


「…………」


 俺は無言でウンと頷いた。


「なら、話の続きをしよう。お兄さんが持っている手紙は、未来に送れる手紙なんだよ」


「未来⁉」


「そう。通称『送レール』。送りたい日付、場所を念じれば、瞬間移動で飛ばすことができる一品でね」


 店主は顔をニヤリと綻ばせた。


「未来があれば、当然過去へと送れる手紙もあるんだよ」

 店主はそう言って、文房具コーナーの前に移動し、レターセット置き場周辺をゴソゴソと漁り出した。

「あった、これこれ!」


 店主はジャンジャジャーンとばかりに、桜柄のレターセットを俺に見せつけた。


「……それが過去へ送れる手紙?」


「通称『返セール』ね」


「ははは……」


 店内に俺の乾いた笑い声が響き渡る。


「さあ、過去に戻って、目的の人に手紙を渡して、気持ちを伝えてきなさい。そうしたら、すぐに現代へと帰ることができるから」


 店主はそんな引き気味の俺にお構いなしで話を続ける。


 これは手紙を渡さないといけない流れだな……。



 ――今更だけど、仕方ない。桃井涼子に気持ちを伝えに行きますか。


「ヨシッ。過去に行ってやろうじゃないか」


「なら決まりだね。手紙に伝えたい言葉を書いて」


 店主は便箋を用箋挟(ようせんばさみ)のクリップに挟み、ボールペンと共に俺へ手渡してきた。


 一文には一文で。俺は簡潔な言葉をスラスラと便箋に書きあげた。


「よし、こんな感じでいいかな」


「なら便箋を封筒に入れ、戻りたい日付……七年前の二月十三日の『明日』を、目をつぶった状態で唱えて」


 俺は便箋を入れた封筒をギュッと握りしめ、目を閉じた。



『七年前の二月十四日』


 俺は甲子園の宣誓(せんせい)のような大きな声で日付を唱えた。



 日付を唱えると、すぐに俺の体は大量の光の粒々みたいなものに包まれた。まさにタイムトラベラー、俺の少年ハートはドキドキワクワク最高潮だ。

 寸刻後(すんこくご)、俺の視界はピュンとホワイトアウトした。

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