第8話 スピリッツ

 森の中を歩きながら、ふと、みどやんは、おじいさんの腰に付いた金属製のきらきら光る水筒のようなものが気になって聞いてみました。

「おじいさん。腰にひもでぶら下げているのは水筒なの?」

「ああ、これかい?これはフラスコって言ってな。中身は水じゃなくて、強い酒じゃよ。」

 横から割り込むように、今度はあかどんが聞きました。

「お酒?おじいさん、お酒飲むの?」

「まあ、飲むことは飲むが、これは飲むために持ってきたわけじゃないよ。お守りみたいなものさ。」

「ふうん。お守りかあ。よくわからないけど、飲むわけじゃないんだね。」

「はははっ。わしの場合は、真っ昼間から酒なんか飲めば、酔っ払って何も出来なくなるじゃろうな。」

 おじいさんは、そう言って腰にぶら下げたフラスコをコンコンと指先で軽く叩いて、さらに、こう言いました。

「この酒は、スピリッツと言ってな、果実酒を煮て取り出した強いお酒じゃよ。匂いを嗅ぐだけで酔っ払う者もおるくらいじゃからな。」


 話をしながら、リンゴの木の下に着く頃は、もうすっかり太陽が上がり始めていて、森の中でもはっきりものが見えるくらいの明るさになっていました。

「おじいさん、ここですよ。」

 二匹はそろえるともなく声をそろえて言いました。

「ああ、この木か。やはり思ったとおりの気配があるな。あかどん、みどやん。ちょっと下がっていてくれないか。」

 後ずさりするように、あかどんとみどやんは木から離れ、茂みの近くまで行き、おじいさんがすることをじっと黙って見ていました。

 おじいさんは上着のポケットから、何やら白くて細いチョークのようなものを取り出しました。そして、もう一度ポケットに手を突っ込んでこんどは細い布紐を出しました。さらに、近くに落ちていた木の枝を短く折って杖のようにすると今度は、その先っぽに、さっきのチョークのようなものを紐で結びつけました。まるで、柄の長いペンのようなものです。それを使って、リンゴの木のまわりをぐるっと一周歩きながら、木を囲うように地面に大きな白い円を描きました。

「よし、これで準備は整ったな。」

 円を描くのに使った枝を地面に置いて、腰にぶら下げていた例の容器に手をかけると、おじいさんはリンゴの木に話しかけるように、小さな声で何か呟き始めました。そう、まるで呪文を唱えるかのように―――。

(第9話に続く)

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