第2話 「クソ雑魚スキルじゃ!!」と王は言った。

 目を覚ますと、黒いローブを纏った男五人が私を中心に均等な間隔で円形に囲んでいた。


「召喚成功だ!」


 男たちは歓声をあげる。

 なんのことだと周りを見回すと、石造りの分厚い壁に小さい窓からこもれる光、そして、座っている床には、円形の幾何学模様が青く光輝いていた。


 腕時計を見る。

 時計の針は8時を過ぎたところで止まっていた。記憶をたどり、誤って山田とともにビルの屋上から落ちたことを思い出す。


「山田君は……?」

 あたりを見回すが、山田らしき人物はいない。

 おそらく、自分が無事であるということは、山田もきっと無事だったのだろう。


 しかし、何故、病院でも自宅でもない場所に自分はいるのだろうか。

 そして、それよりも、もっと重要なことは、早急に島田は病院で手術を受ける妻の元に駆けつけなければならない、ということだった。


 スマートフォンを見るが、電源が落ちていて、電源ボタンを長押ししても画面は暗いままだ。

「申し訳ありませんが、コンセントがあれば貸していただきたいのですが」

 ローブを着た男の一人に伝える。


「こんせんと?」男は首をかしげ、隣の男に「わかるか?」と聞くが「いや、初めて聞いた」と、首をかしげあう。

 日本語が通じていないのか。

 というか、よく見れば、髪の色はブラウンや金髪、白い肌に彫りの深い顔。

 どこからどう見ても彼らは外国人ではないか。建物もロマネスク様式の教会を思わせるし、ローブを着ていることから、キリスト教関係者なのかもしれない。

 なぜ、教会に連れて来られたのかは不明だが、まずは一刻も早く病院に連絡をとらなければいけないことに変わりはない。


「Could I use an outlet here? The battery of my phone is dead.(コンセントをお借りできますか?充電切れで)」と伝えてみる。

 すると、男たちは、先ほど以上に言っていることを理解できないという顔つきをして「彼は何を言っているんだ」「わからない」と日本語で話し合う。


 英語が通じない?

 欧米人じゃないのか。では、日本語が通じるのに、コンセントがわからないのはなぜだ。

 わからないことだらけだが、ここにいても埒があかないことだけは明白だった。


「すみません。早急に病院に行かなければならないので」

 立ち上がり、扉のほうへ歩き出す。

 すると、男たちは、慌ててまわりを取り囲む。

「なんですか?」と、無理矢理進もうとするが、男たちはそれを許さない。


「救世主よ、まあ、そう急ぎなさるな」


 目の前の扉が開き、芝居がかった口調のスキンヘッドで低身長の老人が近づいてきた。

 私を取り囲む男たちがシンプルな黒いローブなのに対して、老人は黒いローブの上に金のストールを羽織り、豪奢な貴金属の飾りを身に付けていた。明らかに、彼らの上司にあたる存在だろう。


「あなたは?」


「おお、申し遅れましたな。ワシはアスタニア王国筆頭宮廷魔術師アーロン•ゼネキス。以後、お見知り置きを」


 アスタニア王国?

 魔術師?

 様々な疑問は、もはやどうでもいいことだった。


「アーロンさん、助けていただいたこと感謝しています。しかし、私は急いで行かなければならない所があるので、ここで失礼させていただきたい。お礼は後日あらためてゆっくりとさせていただければと」と早口で伝えた。


「お礼など結構。むしろ礼を言いたいのはこちらの方だ。謁見の間にて王がお待ちだ。救世主の顔が早く見たいと言っておる」


 老人のこの言葉を聞いて、コミュニケーションを諦めた。

 どうやら、おかしな宗教団体に拉致されてしまったようだ。

 最初はキリスト教かと思ったが、老人の首飾りが十字架ではないことから別の新興宗教系だろう。

 下手をすれば、悪魔崇拝などのいかがわしい団体の可能性もある。

 隙を見て逃げ出すしかないが、老人を含めて六人の人間がここにいる。

 六人の隙を見る事はなかなか容易ではない。下手に暴れれば殺される可能性もある。

 ここは大人しく従った方が得策だろう。


 老人に連れられて、謁見の間に入る。

 そこは謁見の間と言うにふさわしく、広い空間、高い天井に、床は大理石が用いられ、その上には長く赤い絨毯がひかれ、両脇には甲冑を着た兵士らしき男たちが並んでいる。

 赤い絨毯の奥に数段の階段があり、その上に玉座があった。そこに座っている人間こそ、老人が「王」と呼ぶ男だ。


 赤いマントに金色に輝く王冠。

 腰には立派な剣を携えている。

 長い白髪と髭、身につけている装飾品は豪奢だが、死線を何度もくぐり抜けているであろう鋭い目をしていた。その男は、わかりやすいくらいに想像上にいる「王」そのものだった。


「よくきたな、異世界の救世主よ。私はアスタニア王国国王のカール•アースクラインじゃ」



「異世界?」


 王は「ああ。そなたが元いた世界のことじゃ」とこともなく言う。



 どこかで聞いたことがある単語だった。

 どこでだったのか、必死で考え、そして思い出した。

 山田の言っていた「あれ」だ。


『あ、知らないですか?『異世界行ったらチートスキルで無双しました。』みたいなやつです。トラックに轢かれて死ぬと剣と魔法の世界に行って、そこで与えられた自分だけが持ってる特殊技能で無双しまくるみたいな』



 先程からの噛み合わないやりとり、そして、山田の言っていた説明。

 まさか、「あれ」が現実に起こっているとでも言うのか。


 かぶりを振る。馬鹿馬鹿しい。

 そんなことが起こり得るはずがない。

 そして、その場で思いっきり自分をビンタしてみる。

 痛い。夢ではない。

 そうであるならば、答えははっきりしている。

 この場から、早急に脱出する必要がある。


「だ、大丈夫か? いきなり自分の頬を叩いて」と王は心配してくれる。

 そんな心配をしてくれるのならば、とっとと解放してくれ。


 単刀直入に「申し訳ないのですが、私は病院に行かなければならないのです」と伝える。

 もしかしたら、この男にならば伝わるかもしれない。

 こんなコスチュームをしている時点でその可能性は限りなく低いが。


「病院? 身体が悪いのか? だったら、王家専属の医師に診させよう」と王は本気で心配してくれているようだった。

 どうやら悪い人物ではなさそうだ、と少しだけ安心する。


「いえ、私ではなく、妻が出産で入院しているのです」


 王はその言葉を聞いた瞬間、「・・・・・・そうか。それは、すまなかったな」と謝罪した。

 嫌な予感がした。

 想像もしたくないような、嫌な予感が。


 頭で「冷静になれ」と何度も唱えながら、「何がですか」と聞いた。


「そのものと会うことはもうできん」


「……何を、言っているのですか?」


「そなたは、ここに召喚されたのじゃ。もう元の世界には戻れない」


 何かが切れた音がした。


「……行きます」と踵を返すと、兵士たちが囲んだ。


「よい、よい、手荒な真似はするな。救世主ヤマダよ。ショックなのはよくわかるが、これは仕方のないことなのじゃ。そなたのように召喚された異世界人は皆、同じように悲観する。しかし、ここでは、元の世界とは違い、そなたが英雄となるのじゃ。ヤマダ、力を貸してくれるな?」


「……私は」


「ん、なんじゃ」


「私は、島田です」


 時が止まった。

 そんな気がしただけかもしれないが、少なくとも数秒、誰もピクリとも動けず静止していた。再び時を進めたのは、やはり王だった。

 王は笑った。

 面白い冗談を聞いた後のように。


「フォフォフォ。そんなわけはあるまいて。予言には、「異世界より召喚されし救世主ヤマダが王国を救う」とでておる。のうアーロン?」


「おっしゃる通りです」とアーロンと呼ばれた島田をここまで連れてきた老人は答える。


「山田は私の会社の後輩です」


 再び沈黙が訪れる。


「……マジ?」と王は聞いた。


「マジです」と答えた。


 王は勢いよく立ち上がって「す、ステータスを開けい!」と島田に怒鳴った。


「すてーたす、とは?」


「す、ステータスも知らんのか。この無知なる異世界人めは。ステータスとは、その者の能力やスキルを数値化したものじゃ。意識を集中させれば出てくるであろう」


 王の言う通り、意識を集中させた。

 たしかに目の前に緑色に輝く文字が出てきた。しかし内容をまったく理解できない。


 王は手のひらを向け「【視覚共有】」と唱える。王の手は黄金に輝いた。


「ば、馬鹿な」とそう言った王は絶句した。


「……いいんですか?」と少し期待する。

 山田の話通りであれば、すごい能力を持っていてもおかしくない。


「逆じゃ!! クソすぎる!! クソ雑魚ステータスじゃ!!」


「はあ」よくはわからないが、貶されたことだけはわかり、少しだけ落ち込む。


「体力100に魔力10!? 並の兵士以下ではないか! スキルもなんじゃこれは。アーロン説明せい!」


 アーロンは自身も「【視覚共有】」と唱える。「ほう。これは珍しいスキルですな。【能力共有(スキルシェア)】モンスターを仲間にすることで、そのモンスターのスキルを使用することができる。レベルが上がるごとに仲間にできるモンスターの数は増える。と、あります」


「モンスターを仲間に? はっ! そんなことできるのか?ほとんどが言葉も通じぬ輩ぞ」


「そう、ですね。条件が「倒すこと」であれば、まだ使い道もあったかと存じますが、「仲間」とはかなり、厳しい条件かと」


「そうであろう。すなわち、クソスキルというわけじゃ」


「おっしゃる通りです。おや、この者、もう一つスキルがございますな。なになに【幸運好色(ラッキースケベ)】。これは!?」


「なんじゃ!いいのか!?レアか?」


「レアと言えばレアですな。しかし……」


「なんじゃ。どんなスキルなんじゃ」


「行く先々で、幸運にもムフフな展開があるでしょう。レベルアップにより頻度が上がります。と、あります」


 静寂が訪れる。


「クソすぎる!! クソ雑魚スキルじゃ!!」


「はあ」よくわからないが、貶されたことだけはわかり更に落胆した。


「こ、この偽物が!!ヤマダはどうした!!?」


 王は激昂した。

 顔は赤らみ額には巨大な血管が浮かび上がっていた。


 しかし、私も怒っていた。

 人違いで連れてこられ罵倒までされるいわれなどない。

「こちらが知りたいです。山田くんはどこにいるのですか? あなたがたが誘拐したんじゃないんですか?」


 王は怒りを通り越して無気力になり、へなへなと玉座に座った。

「だめだ。こやつ話にならん。もういい。どこへなりとも行けばいい。もう顔も見とうないわ」と、虫を払うように手を振った。


「こちらも同じ意見ですよ」と踵を返した。

 その後をアーロンが追いかけ、「ご案内いたします。偽物殿」とニヤニヤと笑いながら、ついてきた。

 私は「別にいいですよ」という顔を作ったが、実は方向音痴だったので、内心では正直ホッとしていた。

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異世界エリート〜クソ雑魚スキルのせいで追放された元エリートサラリーマンが最強の魔導士と呼ばれるまで〜 佐倉田家族 @yukizou1985

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