女神

学級委員の彼女が言うように、僕の保健室登校が始まったのは入学式から何日か経ったあの日の出来事がきっかけだ。


教室のドアを開けると、僕の机の上に花があるように見えた。


机に近づいていくとその風景は徐々に鮮明になる。歩みを進めるにつれて、視線が、くすくす笑いが、全身に突き刺さる。


机に手を触れると、不愉快な水滴が張り付いてくる。


お道具箱を引き出すと、中身はもぬけの殻だった。


「うわあーきもい席だなあ〜」


突如響いた大きな怒号に体が震える。


「これやって見たかったんだよなあ〜」


無責任に嗤うぽっちゃりとした男の子。彼を英雄と称える取り巻き2人。そしてそれ以外のクラスメートの反応は様々だったが、僕を助けようとする者がいないことだけは明らかだった。


僕はその空気に耐えられず、教室を飛び出す。教室の残り香を背に受けながら、ひたすら走る。階段の踊り場で見覚えのある紫色が視界を掠めた気がして、振り返るとその少女は、手に雑巾を数枚持っていた。僕は記憶の中の少女を振り切り、あてもなく走った。なんとなく担任の先生には言いたくなくて、そのうち自然と保健室に足が向いていった。


1階にある保健室まで、5階の教室から駆け降りていく。息を切らした僕が保健室の扉を開けようとすると先生が出てきた。


「あら、どうしたの?」


僕がくることを予見していたかのように扉を開けたその女神の前で僕は泣き崩れた。話を全部聞いた後、先生は僕の頭を黙って撫でて、用事があるから少し休んでなさいと保健室を後にした。


僕は女神の帰りをずっと待っていた。


でも彼女は女神なんかじゃなかった。帰ってきた彼女は担任を引き連れていた。そのあと2時間くらい面談されたけど、僕の傷は癒えなかった。


悪魔を女神と勘違いした上に、僕は本当の女神の存在を見落としていたんだ。


担任との面談の帰り、紫の花飾りの少女が僕の机をただ1人遅くまで片付けていた光景を目の当たりにした僕は声を押し殺して泣いた。

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