虹色のパレット
「そういえば、紫音くんって歌い手やってるんだよね?」
アルファのこの一言が紫音を知ったきっかけだった。
「はい」
「紫音くん」と呼ばれた彼は俺と同じように配信にはあまりコメントを残さないタイプだった。ゆっくりと流れるコメントの中に、彼のアイコンはあまり見たことがない。
「もうやめようかなって思ってるんです」
続けて、彼はコメントする。
「え、なんでよ。一回聞いたけど紫音くんの歌、うまかったよ!」
アルファは心底不思議そうに尋ねた。コメントもそれに呼応するように「なんで?」と問いかけている。
「親に歌やめろって言われちゃって」
「僕の家教育ママだから(笑)」
俺はなんだか気になって、紫音のSNSから彼の動画チャンネルにとんだ。
そこは一曲一曲の個性が光ったサムネが彩る鮮やかな世界だった。
試しにそのうちの一曲を再生する。女性と男性が向かい合ってキスをしていたサムネから想像できる通りの恋愛を絵に描いたようなテンプレ楽曲。
曲自体は陳腐なもののような気がした。でも紫音が歌うことで、歌詞だけ見ると夢物語なその恋愛ソングが楽しいような、悲しいような、不安なような、恋愛のリアルを持って実感される。
紫音にしか出せない彼の色がそこにある気がした。
「もったいないねえ」
アルファはその言葉を最後に気まずい話題から気を逸らすように、ゲームを始めた。
俺は配信を抜けて、紫音の曲を上から順番に聴いていく。彼の色とりどりの世界は黒い心に少しずつ色を落としていく。
赤。彼の情熱が心に宿る。
オレンジ。彼の陽だまりのような温もりが広がる。
黄。彼の喜びが伝わってくる。
緑。昔家族で出かけた公園が蘇る。
水色。卒業式の日はやけに天気が良かったな。
青。でもその日に、姉は死んだ。
紫。心の闇の中で紫音の歌声だけが響いている。
彼の歌を聴いているその瞬間だけ、心に雨上がりの微かな虹がかかる気がした。
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