逃避中毒

俺は二年近く、引きこもりだった。


一日中ベッドの上でゲームソフトを眺めていた。一日に三回、母が食事を部屋の前に置きに来る足音を聞く。食事をとって、家族が寝静まった頃にお風呂に入る。それ以外にすることなんてなかった。


そんな俺の生活が変わったのは17歳の頃だった。


俺はSNSでとある配信者に出会った。彼の配信に入るとそこにはワクワクするような空間が広がっていた。彼はゲーム実況をしていた。視聴者たちは多くの投げ銭をして彼の配信を盛り上げている。


彼と視聴者が作り上げる空間は、今まで俺が属したことのない定義しがたい空間だった。


居心地が良い。


俺の存在を容認してくれるような、空気感。


その空気感に後押しされて俺はコメントを入力した。


「こんばんは。」


何を打てばいいのかわからなくて当たりさわりのない挨拶をしてみた。


「初見さんかな?俺アルファっていいます〜。黒峰さん?よろしくー」


俺の名字で適当にアカウント登録したんだった。久しぶりに俺の名字を呼ばれた。不思議な感覚だ。顔も知らない画面の向こうにいる誰かが俺の名前を呼ぶ。その感覚がむずがゆかった。


「初見さんいらっしゃい^^」


「初見さんこんばんは!この枠のルールです↓」


俺に向けられているであろうメッセージの数々が飛んでくる。目の前にあるのに手が届かない空間の中、ふわふわと浮遊したような気持ちを久々に感じた。


目の前にある空間はどこかに存在する「リアル」のはずなのに、俺にとっての現実味を帯びることはなかった。


それに、俺が出会ったこの配信者アルファは、俗にいう過疎配信者だったようで、みんなの秘密基地のような気持ちが浮遊感を加速させていたように思う。


リアルの中で浮遊している。


こんな気持ちになったのは、姉とゲームをしていた時以来かもしれない。


アルファの配信にいると、胸がじんわりと熱くなって、そのぬくもりに包み込まれるような温かみがあった。


この感覚に俺は依存していた。


この日から俺は、ネットの世界から抜け出せなくなった。


まるで劇薬が持つ中毒性に惹きつけられるように。


姉の死に関わる全ての感情からの逃避が許される「そこ」は俺の居場所になっていた。


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