第四章:それぞれの人生
とあるゲーム実況者
虚構と子猫
机の中で小さく震える俺のスマホを手に取る。
ホーム画面の中で制服の男女が微笑んでいる。顔が似ていない二人はまるで恋人のようだった。
そんなことを考えて俺は人知れず微笑む。
『何時まで?』
ホーム画面で微笑む姉とは対照的にメッセージはいつもそっけなかった。
『今日は大体4時半くらいに授業終わるよ』
既読がすぐについた。姉も授業中に携帯を見ているあたり、見かけによらずワルなんだよな。
俺はホーム画面の写真を撮った日のことを思い出す。
1年前のこの日、二人で好きなゲームの新作を買いに出かけた。ものすごい混雑で全然買えなくて俺はいらいらしてたんだっけ。
「ホラーゲームってさあ、いいよね」
唐突に話し出した姉の表情は輝いていた。いつも事務的に見える彼女の顔に光が宿るのはゲームの話をしている時くらいなものだ。
そんな物珍しい笑顔を見ることができた中学生男子の俺は、思春期の男子らしく姉のにときめいて、いらいらなんて吹っ飛んだんだった。
「ねえ、明人はこのゲームみたいに人が怨霊になっちゃって、生きている人を襲うのってどう思う?」
姉はいたずらっ子のような微笑みをたたえて俺に問いかけた。
「このゲーム、いじめを苦に自殺した怨霊がいじめっ子に復讐する話でストーリー性もしっかりしてるから私大好きなんだよね。明人は?」
「俺はよくわからないや。」
「そう。」
姉の表情がみるみる曇る。それは曇りを通り越して漆黒に染まった。
「そんなんだから、私は死んだんだよ?」
姉のきれいな声がゆがんで、あの女とyoutuberの男の粘着質な嗤い声のノイズが走る。
「クロ君!クロ君!」
その中でかすかに『誰か』を呼ぶ声がする。
ピンポン。ピンポン。何かを連打する音。これらが繰り返し聞こえてくる。その音がどんどん大きくなってくる。
「クロ君!開けてよ!」
刹那、静寂が訪れた。姉の声も、女の声も、男の嘲笑も何も聞こえなくなった。
目を開けると、見慣れた天井が目に入った。
昨日の服のままベッドに寝ていた俺の手にはスマホが握られている。
不在着信が何件も何件も。履歴をさかのぼると、俺が1度紫音に連絡した形跡が確認できた。
「クロ君!いるんでしょ!開けて!」
外から聞こえる泣き声に俺は平静を取り戻した。カギを開けると、ものすごい勢いで俺と同じくらい縦に長い男がなだれ込んできた。
「なんで泣いてるんだよ」
「クロ君があんな電話よこすからでしょ!?」
「あんな電話って?」
「覚えてないの!?もう活動やめないといけないかもって…あの女が誘ってきたのは罠で暴露系youtuberらしきやつが一緒にいたって!クロ君が泣いてたから心配で来ちゃったよ…。」
取り乱す紫音の声でかすかになっていた記憶が鮮明になってくる。急いでSNSを開くとそこにはいつもと同じ日常が流れていた。
「あ…まだ騒動にはなってないんだな。」
「昨日は特に何もなかったよ…。あの女と会ったんだよね?」
「会ったよ。」
「そっか。話はできたの?」
俺は黙って首を横に振った。紫音は何かを察したようにうなだれた。
「そのyoutuberの男は何か言ってたの?」
「あんまり覚えてないけど、あの女と組んで俺のこと炎上ネタにするんだろうよ…。」
終わりだな、俺。そう自嘲するように笑いかけると紫音の目から滝のように涙が流れた。
「そんなの、そんなの…。終わりになんてしないよ。クロ君は何も悪いことしてないんでしょ!?暴露されるなら本当のこと話さないと。あの女とは会ったけど何もない、そういうしかないよ。というか、クロくんは結婚とか付き合ったりとかしてないんだから、女の子と会ったくらいで活動できなくなることなんてないよ!!」
必死にまくしたてる紫音の姿があの日の俺と重なって、笑みがこぼれた。
「そうだな」
あの日とはすっかり逆の立場になっている紫音の頭を撫でた。
弱り切った子猫の鳴き声が聞こえた気がした。
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