2×3

「会いたい」


ただ一言のメッセージと、一枚の写真。


衝動に任せて切りつけた私の手首。


こんなことは今までになかった。


私が筋をつける理由は誰かを傷つけた時。そう決めていたのに。


ふとクロミネくんに振り向いてもらえない私の存在が害悪に思えて手近にあったカミソリで縦横無尽に切りつけた。


あなたの傷をわかってあげられるのは私だけ。


あなたと1対1で話した唯一の女の子。ネットの有象無象から私は抜け出した。


それなのに、私とクロミネくんの距離は永遠に埋まらない、ような気がした。


気のせいだと言ってほしくて、「会えない」と分かっているのに「会いたい」って言った。


私たちは一生交わらない。公園で私たちの運命が交わったのは神様が与えてくれたたった一度の奇跡。


そんなことはわかっている。私と彼とでは、住む世界が違うのだから。


だけど、たとえ会えなくてもクロミネくんを1番知っているのは私。


彼と「会える」立場にあるスタッフやら配信者仲間は、彼の「偽り」しか知らない。


だって彼らは「現実」の世界線で交わっているのだから。


「現実」の世界線で見える人の一面なんて仮面にすぎない。


だから、現実に本当の彼を理解できる人なんているはずない。そもそも、理解しようとなんてしない。


紫音くんだってビジネスパートナー。


周りのスタッフだって、ゲーム実況者の「クロミネ」-偽りの「彼」を支えているだけ。


配信者仲間なんて尚更。


だから、私は彼の一番の理解者。


「ネット」と「現実」。2次元と3次元。


私は2と3を行き来して彼と「出会った」。


そんな私こそ、彼を「愛する」資格があると言える。


2の中にしかない愛で3の世界にいる彼を包みたい。救いたい。


2×3の世界の狭間で彼と溶け合いたい。


だから神様、もう一度奇跡をください。


祈りを捧げた時、通知音がなった。


「こんにちは!底辺晒し系YouTuberのrenyaです!」


私とクロミネくんの恋のキューピッドの意図せぬ訪問に、私の固い表情筋が緩んだ。


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