第9話 Cecil
歩いている内に、歌によって昂ぶっていた僕の心も、少しばかり落ち着きを取り戻していた。
「ねぇ、セシルくん。途中でちょっと寄りたい所があるんだ〜。少し遠回りになっちゃうけど行ってもいいかなぁ?」
「勿論いいよ。陽菜さんには色々と助けて貰ってるから、それ位の事は全然大丈夫だよ。」
「ありがとう!セシルくん。行きたい場所って言うのは翔の家なんだ~。
もしかしたら何事も無く、ちゃんと家に帰っているかもしれないし〜、それをどうしてもこの目で確かめたいの。」
陽菜さんは翔さんが自分の元に駆け付けるよりも先に、家に帰っているという可能性は殆ど無いと思いつつも、どうしても確かめずにはいられない様子だった。
翔さんの家は、二階建ての一軒家で、周りの家と比べても特に変わった所は無かった。
陽菜さんがチャイムをならすと翔さんの母親と思しき優しそうな雰囲気の女性が扉を開けて出て来た。
「あら~。陽菜ちゃんじゃない、随分久し振りね!」
「おばさん・・・お久し振りです・・・」
陽菜さんはどこか沈んだ表情をしていた。
「あなた~。陽菜ちゃんが来てくれましたよ~」
その女性は家の中全体に聞こえる様な声で呼び掛けた。
「おおー、陽菜ちゃん久し振りだね。」
中から翔さんの父親と思しき端正な顔立ちの男性が出て来た。
陽菜さんは、まだ何も知らない元気な二人の姿を見て耐え切れなくなり、俯き言葉が出ない様子であった。
そして数秒後、顔を上げ意を決して二人に話しを始めた。
「実は・・・おじさん、おばさん・・・今日学校で翔が突然居なくなったんです・・・
もしかしたら家に帰って来てるんじゃないかと思って・・・それで私・・・私・・・」
陽菜さんは涙を堪えながら必死に言葉に詰まりながらも話をした。
父親と母親はお互いの顔を見合わせて困惑した表情を浮かべていた。
「陽菜ちゃん。その翔くんってのは誰なんだい?」
陽菜さんは言葉を失っていた。
「翔はおじさんとおばさんの息子じゃないですか!変な事言わないで下さい!」
陽菜さんは唇を震わせながら、大声で必死に訴えた。
「陽菜ちゃんも知っている通り、うちには、子供は娘の愛しか居ないじゃない。」
「おばさんまでそんな事言ったら、翔が戻って来ても帰る場所が無くなっちゃう・・・」
陽菜さんは全身の力が抜けて膝から崩れ落ちてしまった。
「陽菜お姉ちゃん!」
玄関に居る父親と母親を押し退けて、中から幼い女の子が靴も履かず裸足で飛び出して来た。
女の子は泣きながら陽菜さんに抱き着き、彼女の胸の中で堰を切った様にワンワン泣いた。
「うえーん、陽菜お姉ちゃん!パパもママも変なの!翔お兄ちゃんの事知らないって言うの!アイ、どうしたら良いか分からなくて・・・それで・・・それで・・・」
「大丈夫よ愛ちゃん。翔は必ず戻って来る。大丈夫・・・大丈夫・・・」
陽菜さんは愛ちゃんの頭を優しく撫でながら言った。
それはまるで、陽菜さんが自分自身に言っている様にも聞こえた・・・
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