第7話 Cecil

「そうだ!私また閃いちゃった~」


陽菜さんが興奮した様子で、僕の左手を両手で握りながら言った。

僕はこれまで女性の手に触れた経験が無かったので反射的に手を引っ込めてしまった。


「あっ。ごめんなさい。悪気は無かったの。」

僕は何だか陽菜さんに申し訳なく思った。

しかし、陽菜さんはそんな事は全く気にしていない様子で話を続けた。


「時空とかそういった類の事は物理担当の桃恵先生に聞くのが一番だと思うの~

たぶん~、桃恵先生はまだ物理教室に居ると思うから、セシルくん、今から一緒に行きましょう!」

そう言うと、陽菜さんは僕を連れて物理教室へと急いだ。


陽菜さんは物理教室の前に立つと勢いよく扉を開いた。


「桃恵先生!大変なんです!・・・あれっ?」


カーテンが閉められ、真っ暗な物理教室の中には誰も居らず、時計の音だけが静かに鳴っていた。

すると、突然背後から声が聞こえた。


「あら、相川さんが物理室を訪ねて来るなんて珍しいわね。」

陽菜さんは、急に後ろから桃恵先生に声を掛けられて一瞬驚いた様子であった。


しかし、僕はこの時陽菜さんよりも遥かに驚いていた。


僕は両親が裏切り者に後ろから斬られたと言う経験から、常に背後には気を配っていた。

何の気配も無く後ろを取られた事など、今まで一度も無かった・・・


「立ち話も何だから中で話しましょう。」

桃恵先生は僕達を物理教室の中へ招き入れてくれた。

そこで陽菜さんは大きな身振り手振りで桃恵先生にこれまでの経緯を説明してくれた。

陽菜さんが説明してくれている間、僕は注意深く桃恵先生を観察した。

見た目は20代の様にも見えるが、落ち着いた話し方や長い髪をかき上げる仕草が大人びて見え、見た目の印象よりも大分上ではないかと思わせた。


「セシルくんだっけ・・・」

僕は彼女の観察に集中する余り、名前を呼ばれて一瞬ビクンと反応してしまった。

疑いの眼差しを向けていた事に気付かれたのでは無いかと思い、額から汗が流れた。

「私もこの手の話は初めてだから知り合いの学者達に当たって色々と調べてみるわ。」

「ありがとう御座います。」

「そうだ、別世界から来て住む場所も無いかと思うから、私が知人に頼んであげる。」

桃恵先生はそう言って携帯電話を取り出し、物理室の奥の部屋に行き誰かと話し始めた。


「これから住む場所はOKみたい。生活に必要な物も彼が準備してくれるから何も心配しなくて良いわ。」

桃恵先生が笑顔で言った。

「このままの服装じゃ外では目立つから、ちょっと小さいかもしれないけど後で予備の制服を取って来てあげる。」

桃恵先生は家の住所と電話番号、地図を書いて、制服とこの世界の通貨と一緒に僕に渡してくれた。


横から地図を見ていた陽菜さんが、不意に言った。

「この家、私の帰り道の途中にあるから、そこまで一緒に帰ろっか~」

「セシル君もこの世界にまだ慣れていないと思うから、相川さんと一緒の方が何かと良いかもしれないわね。

それと、いくら勇者だからと言っても一日中当ても無く過ごすのは良くないから、私がこの学校への入学手続きをしておいてあげる。」

「桃恵先生。何から何までありがとう御座います。」

僕は桃恵先生に深々と頭を下げて、物理室を後にした。

ここまで見ず知らずの僕の事を気遣って、何かと骨を折ってくれた桃恵先生を疑うような真似はもう止めようと思った。




しかし、桃恵先生が首から下げていたペンダントの模様・・・

あの模様は何処かで見た事がある様な気がしてならなかった・・・



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