床板 2

 指定された神社は山裾にありました。

 観光地というよりも、地元民がなにかの折りに詣でたり、犬の散歩ついでに立ち寄るようなこぢんまりとした雰囲気です。

 鳥居の前で一礼し、手水場で手と口を浄め、参道の端を通って社務所へと向かいます。お守りなどを並べている窓口から「M工務店から舞殿を見てこいと言われて、お伺いしました」と告げます。

 この口上のために、わざわざ灰色の作業着を身につけて来たのです。

 それが裏目に出たのかも知れません。責任者らしき中年男性が顔を覗かせるまで、たっぷり十数分も待たされました。

 工務店から頼まれて来たこと、舞殿を見せてほしいことを伝えると、男性は社務所から出てくることもなく窓口越しに「はあ」といまいちピンときていない様子で頷きます。

「お好きに見てもろたらええけど……別になんも変わったことはないんですよ?」

「手形が出たとお聞きしたのですが」

「手形は……まあ、出ましたたけど……別に祟りもなんもないしなぁ。ホンマやで?」

 男性はやたらと「奇妙なことは起こっていない」「なにもない」と繰り返し、窓口を担当している女性に「なあ?」と同意を求めます。

 神社としては、自分の所で怪異が生じているなどと口が裂けても言えないのでしょう。

 わたしは適当に相槌を打ってから、舞殿へと向かいます。


 社務所から数段、石段を上がった所に舞殿はありました。神楽を納めるための舞台ということもあり、鮮やかな朱色に塗られています。

 舞殿の向こうにはどっしりとした拝殿がありました。ぱらぱらと参拝客が打つ柏手の音が聞こえてきます。

 特段信心深いわけではないのですが、わたしも礼儀として拝殿で手を合わせ、舞殿を調べる旨を伝えます。


 問題の舞殿は、一見なんの変哲もなくそこにありました。

 拝殿に向けて四角く造られた舞台、四隅にそびえる太い柱、大きな屋根。高床式の床下は、朱色に塗られた横板で目隠しをされていました。

 塗料が多少剥げてはいるものの、さほど古びてはいないようです。

 わたしは舞殿のぐるりに張られている侵入防止のロープを跨ぎ、舞台の上を確かめます。

 大きな屋根を冠した舞台は薄暗く、少し湿気て見えました。ペンライトを取り出し、舞台を一周しつつ床板と屋根の裏側とに目を凝らします。

 手形らしきものは見当たりません。

 ついで、舞殿の床下に潜り込みます。横板と床板の隙間に体をねじ込みました。

 存外高さのある床下でした。しゃがむとちょうど頭が床板に触れます。

 覚悟していたほど、ヤスデやクモといった生き物の気配もありません。風通しがよいおかげでしょう。

 膝でにじるようにして、角から順に床板の裏を確かめていきます。ペンライトが照らす床板は神楽を支えるだけあって分厚く、舞台の中央には舞殿の外からではわからなかった太い柱が置かれていました。

 中心部へと近づくと、その柱が巨大な木の根だったことに気づきます。

 舞殿は切り株の上に造られているのです。

 そのすぐ横の床板に、手形がありました。見れば、床板そのものではなく床板を支える横木についているようです。まるで平均台を渡るように一直線に、等間隔で赤黒い手形が並んでいます。

 奇妙なのは、手形が二種類あったことでした。

 長い五本の指と掌がくっきりとわかるものと、短い五本の指にこれまた短い掌らしきものがついているものの、ふたつが混在しているのです。

 ──四つん這いだ。

 反射的にそう思いました。短い手形は、つま先立ちになった足なのです。両手と両足をついて、四つん這いで歩いた跡のように見えました。

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