床板 3
多くの動物がそうであるように、四つ脚で歩く場合、後ろ脚の踵は地面につきません。人間も同じ姿勢になるでしょう。
わたしは手形──というより足跡──先を追って、床下をじりじりと移動します。
足跡は切り株を利用した中心部の柱の脇から真っ直ぐに、舞殿の下を渡っていきます。
床板が切れた先には、拝殿がありました。方向的には拝殿のさらに奥に据えられている本殿、あるいはご神体に向かっているのでしょう。
拝殿に詣でていた女性がわたしの持つペンライトに気づいたらしく、ぎょっと身を強張らせるのが見えました。
「舞殿の点検中です。お騒がせしています」とライトを下げてから、わたしは舞殿の中心部へと戻ります。
足跡は切り株の脇から始まっていました。
ふと思い立って、浮き上がる手形に自分の手を並べてみます。
随分と小さな手形でした。わたしより二回りは小さいのです。足形にしても、どう見ても大人のものではありません。
──子供が四つん這いで歩いた跡でした。
材木店に積まれた板の上を、素手と素足をついた四つん這いで渡る子供の姿を想像してみます。あり得ないとは言い切れないものの、不自然な情景です。そも、屋根があるとはいえ、屋外での吹き曝しを前提として建てられる舞殿には長年乾燥させた材木が用いられるのではないでしょうか。
考えながら、わたしは俯きます。ずっとしゃがんだ姿勢で床板を仰いでいたため、首がひどく痛み始めていました。
そのとき、足下に落ちている白い棒が目に入りました。人差し指ほどの長さの、小枝でした。
強烈な違和感が背筋を駆け抜けます。
数秒躊躇したものの、意を決して拾い上げてみました。
白い枝の表面は、つるりとしています。皮が剥がれているのです。芽だか枝葉だかを落とした跡が目玉のように浮き出ていました。枝の上下は丸みを帯び、ささくれひとつありません。
明らかに人間の手によって加工されたものでした。
嫌な予感がして、わたしはそっと周囲の地面を撫でてみます。硬く突き固められているはずの地面が一カ所だけ、もろくなっていました。
さほど深く掘る必要もなく、それは出て来ました。
緩やかな曲線を描く、乳白色の細い棒です。
──小鳥やネズミといった小動物の肋骨のように見えました。それが五本ほど浅く埋まっているのです。正しく表現するならば、五本の骨を並べて土を被せた、という感じでした。
わたしは周囲を見回します。
高床式の舞殿の床下は、横板一本が張られているだけです。雨風をしのぐために動物たちが入り込んでもなんの不思議もありません。彼らがここで餌を食すこともあるでしょう。実際、舞殿の端には菓子パンの飽き袋が落ちています。
けれど、羽毛や毛皮、爪や歯といった「他の部位」が見当たらないのです。
ここにあるのは、皮を剥がれヤスリをかけられた枝と、五本の肋骨だけなのです。
作為的なものを感じ、わたしは一度、枝と骨を地面に置きます。手の汚れを作業着の臑で拭って、舞殿の下から這い出ます。
社務所の窓口を覗き込むと、責任者らしき男性の姿はありませんでした。仕方なく、窓口に座る女性に「すみません」と声をかけます。
「お浄めの砂か塩と……割り箸、未使用のものがあればいただけませんか?」
「……お浄めの砂ですね」女性は不機嫌そうにも不審そうにも聞こえる声でぼそぼそと応じます。「八百円のお納めになります」
あ、と間抜けにも硬直しました。依頼されて来た以上、浄めの砂は相手が提供してくれるものだと思い込んでいたのです。
仕方なく、わたしは作業着のポケットから小銭を出します。
「M工務店で領収証、お願いします」と言えば、女性は明らかに面倒くさそうに社務所の奥へと引っ込んでいきました。しばらくして、無事に領収証と割り箸、そして浄めの砂を受け取ります。
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