カーブミラー 3

 夕日のきれいな日でした。雲が朱色に染まっています。

 わたしは近くに自転車を停め、歩いてL字の角へと向かいました。ちょうど保護者が子供たちを迎えに来る時間帯で、保育園の出入り口には立ち話をする保護者と先生や、保護者の話が終るのを待つ子供たち、自転車に子供を乗せる保護者などでごった返していました。

 いつの時代でも、大人を待つ子供たちは退屈なのです。

 三人の男の子がいけず石への登頂を試みていました。ひとりが石の頂上に足をかけ、もうひとりが手を貸し、三人目が見守っています。

 と、保護者のひとりが三人のいたずらに気がつきました。

「危ないし、やめとき!」と注意の声が飛びます。そして。


 ──火傷すんで。


 わたしが子供のころに聞いたのと、同じ文句でした。

 男の子たちはキャラキャラと笑いながら石から下りて、それぞれの保護者のもとへと駆け寄ります。

 それを横目に、わたしはカーブミラーを確認していました。L字の角の先を映す鏡には、自転車に乗った保護者たちの姿がありました。

 そして駐車場の壁を映す鏡には──なんの変哲もない壁がのっぺりと映されています。

 やはり、子供の走る姿が映ったと思ったのは、なにかの勘違いだったのです。

 わたしは少しほっとして、L字の角を曲がりました。

 不意に違和感を覚えます。

 数歩、何事もなかったように進んでから、振り返ります。

 いけず石で遊んでいた男の子たちの姿を素早く探します。

 ひとりは保護者に抱き上げられて自転車のチャイルドシートに乗るところでした。ふたりめは、先生と話し込む保護者の腰に縋り付いています。

 ──三人目が、見当たりません。

 建物に入ったのかとも思いましたが、わたしの視線はカーブミラーに吸い寄せられていました。

 子供の背が、映っていました。白い壁を映したミラーの中を、走っています。

 ふっと鏡の中の子供が立ち止まったように思えました。その子が振り返るような気がして、わたしは慌てて顔を前へと戻します。

 なにも気づいていないふりで、さも子供たちの嬌声に惹かれた風を装って、幼稚園の建物をわざとらしく仰ぎながら道を進みます。

 夕日に照らされた建物は、燃えるような紅に染まっていました。


 いけず石のある角の家が取り壊されたのは、それからすぐのことでした。工事中は子供たちのために警備員が常駐し、事故防止に努めたようです。

 角の家は駐車場になり、いけず石もなくなりました。

 それからさらに数年して、カーブミラーが映し出していた駐車場の壁も取り払われました。大きなマンションになったそうです。高い壁はフェンスになり、マンション内の木々が見通せるようになりました。

 それに伴い、幼稚園の出入り口に設置されていた四枚のカーブミラーも撤去されたようでした。

 登園、降園時には幼稚園が雇った警備員が立ち、車を誘導しているようです。

 壁の中を走っていた子供がなんだったのか、壁が壊されることになりどこへ移ったのか、知るよしもありません。

 もちろん、煙を噴くという石の真相も、闇の中です。

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