第2話 カーブミラー

第2話 カーブミラー 1

 母子家庭であったため、幼いころのわたしは保育園に預けられていました。

 幼稚園の運動場は広く、鴨川に面していました。夏場は涼しい風が、冬は目も開けていられないほど冷たい強風が、吹き抜けます。

 大きなジャングルジムや木製の汽車などに交じって、運動場のあちこちに木々や草花が植えられていました。ひょっとすると、鴨川から飛んできた種が根付いただけだったのかもしれません。園児みんなで鴨川の河川敷に下りては、散策や写生をしていました。

 母の仕事には夜勤があったために、週に一度、わたしは夜遅く──夜の九時半を過ぎるころ──まで保育園で母を待っていました。

 別段、その保育園の中でなにがあったというわけではないのです。


 気になる物は、保育園の出入り口にありました。


 保育園は、L字に折れる路地の角っこに建っていました。

 細い双方向通行の路地を車で進んでくると真正面に保育園の出入り口があり、道路は保育園の前で直角に右へと折れていました。

 右へと折れる道の内側に建つ民家は、角に大きな石を置いていました。

「いけず」というのは京都の言葉で「意地悪」という意味です。角を曲がる車がうっかり角の家に接触しないように、大きな石を置いて注意を促すのです。

 ゴツゴツとした、妙に背の高いいけず石でした。

 登園や降園時、先生と保護者とが話をしている間に手持ち無沙汰になった子供たちは、いけず石に挑んでいました。上ったり持ち上げようとしたりジャンプで跳び越えたりと、それぞれのやり方で石に挑戦します。

 とはいえ、年少クラスの子供ほどの大きさの石です。先生も保護者もいい顔はしませんでした。

 そしていつも決まって同じ文句で注意するのです。


 ──火傷するよ。


 その石の下には熱湯が封じられている、というのです。ときおり白い煙を噴き上げ、近くにいる子供たちに火傷を負わせるのだといいます。

 もちろん、子供たちは誰も信じていませんでした。危険な遊びをさせたくない大人たちが、子供を脅すために考えた嘘だと思っていたのです。


 とはいえ、当時のわたしにとって不思議だったのは、煙を噴くという石ではありませんでした。

 幼稚園の出入り口の左右に立っていたカーブミラーこそが、わたしの最大の疑問だったのです。

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