同棲しましょう
円華にとって、もはや千夏は居なくてはならない存在だった。
彼を想うことで過去の悲しみを忘れることが出来る。そして彼との幸せな日々を過ごすことで、円華は自分が生きているのだと実感できる。自身の抱く感情がとてつもなく重たいものだということは理解しており、それを千夏が受け止めてくれることも確信している。
「……あら?」
さて、それはとある日のことだった。
千夏の家にお邪魔していた時、彼がお風呂に向かっている時に見つけた一冊の日記が目に入った。特に題名のない日記で、最近買ったものらしく新しかった。
「……流石にダメよね」
伸びていた手を引っ込め、円華はいけないことだと頭を振った。
しかし、好奇心が先行してしまい円華は手を置いてしまった。後で見てしまったことを謝ろうと決心し、円華は日記を開くのだった。
そこに書かれていたのは円華に対する愛の叫びだった。
否、愛の叫びは円華の過大解釈だった。正しくは日々円華に対してどんなことを考えているか、どんな風に彼女と過ごしたいかが書かれていた。
「……千夏君♪」
千夏がこのような日記を書いていることは知らなかった。
日付が飛び飛びなのはおそらく、最近は円華と一緒に夜を明かすことが多いからだろう。もちろん、円華と付き合う前のことも書かれていた。
「……あ」
それはまだ円華が元彼と過ごしていた頃、その時に感じていたであろう彼の苦しみが綴られていた。
「……………」
元彼のことはもはや忘れ去られた過去である。だが、それは決して無かったことにはならない。円華の知らないところで、千夏が苦しんでいたことは間違いないのだ。
まあ、今更当時のことに関して何を言っても仕方ない。だが円華にとってもはや千夏は本当に大切な男の子だ。だからこそ、どんな事情があるにせよ少しでも彼に辛い気持ちを抱かせたことが許せなかった。
「……私の馬鹿。どうしてこんな」
何度も言うがその時期の円華にとっては仕方のないことなのだが、今の円華はどんなことであっても千夏を苦しめる存在を許せない。それは自分自身であっても同じことであり、時期なんてものは関係なかったのだ。
「……そうよ。だからこそ私はこれから千夏君を愛し続けなくてはいけない。彼だけを愛し、彼だけの円華で居てこそ罪滅ぼしが出来るのよ」
千夏はそこまで考えていないし、ただ円華の考えが飛躍しているだけだ。彼女の重たい千夏への想いが、このような無用な責任を抱かせることになった。そしてそれは更なる強い千夏への想いを生み、千夏の為に生きるという鎖を自らの体に装着していく呪いでもあった。
「……あぁ♪」
だがその苦しい部分も前半だけ、後半になれば今に続く幸せの日々が千夏の言葉で書かれていた。
円華の彼氏になれて嬉しい、毎日が幸せで仕方ない、そんな言葉が数多く書かれており、それを見るだけで円華の心が喜びに満ち溢れる。彼の仕草から当然分かっては居たことだが、こうして円華の意志が介入しない部分で彼自身の言葉で書かれている日記はどうあっても嘘を吐かない。
「日記かぁ……私は書いてないけれど、こんな風に千夏君との日々を記録に残すのは良いことかもしれないわね」
近いうちに日記を付けてみよう、そんなことを円華は考えた。
さて、そんな風に読むことに熱中していると当然千夏が帰ってくる。部屋に彼は入って来たが、円華は全然気づいていない。
「円華さん?」
「っ!?」
ビクッと、それはもう猫だったら毛が逆立つくらいにビックリした。サッと千夏の方に振り向いたが、その手には彼の日記がある。あっと声を出す間もなく、勝手に日記を読んでしまうという悪行が白日の下に晒された。
「あはは、見ちゃいましたか」
「ご、ごめんなさい千夏君! いけないこととは分かってたのに……その、どうしても気になってしまって」
必死に謝る円華の様子に千夏は大丈夫ですと言って笑った。
そのまま優しく日記を受け取り、パラパラとページを捲っていく。
「特に帰ってからすることもなかったので日記でも……って思ったんです。ほとんど円華さんのことばかりで気持ち悪かったかもしれないですが」
「そんなことないわ! 千夏君の強い想いが伝わってきて凄く嬉しかったもの!」
断固として気持ち悪いなんて思ってはいない、そう伝えるように円華は千夏を抱きしめた。お風呂上りで大変良い匂いがするだけでなく、とても温かくてずっとこうして居たいと思わせるほどだ。
「……円華さん……良い匂いです」
「千夏君の方が良い香りがするわ♪」
クンクンと鼻を鳴らすように千夏の髪の毛に顔を埋めた。やっぱり良い香りがすると、下腹部をきゅんきゅんさせる力を持っていると円華は改めて実感した。
「円華さんもお風呂どうぞ」
「えぇ、行ってくるわね」
最近だと千夏が良く円華の部屋で生活しているようなものだが、今日みたいに円華が彼の部屋に来ることもある。気分によるところもあるが、最近はもう千夏と同棲したい気分になってきている。
「……本気で唯香さんと相談してみようかしら」
服を脱ぎながらそう呟いた。
こうしてお互いの部屋を行き来するのも良いのだが、やっぱり一つの部屋で生活することが望ましい。将来既に永遠を誓い合うことは決定しているが、まずはその一歩目として同棲をこれでもかと考えていたのだ。
「……でもそうなると私は色々と我慢出来るのかしらね」
今更我慢も何もないが、本当の意味でこれほどに愛している千夏と同棲したら一体どうなってしまうのか少し怖いくらいだ。学校に行っている時間はともかく、休日は朝から晩まで、それこそ起きてから寝るまでずっと一緒なのだ。
「あれ、それって今の休日の過ごし方と変わらないじゃない。なら問題ないわ」
っと、円華の中で結論が出た。
同棲すると言っても今と何も過ごし方は変わらない、だから何も問題はないなと円華は頷いた。体を洗い、頭も洗って髪の毛も綺麗にしてから円華は浴槽に浸かった。
「……はぁ♪」
寒い季節だからこそ、お湯によって体が温まる瞬間は気持ち良い。あまり千夏を待たせるのもどうかと思ったので、ある程度してから円華は浴室から出るのだった。
「ねえ千夏君」
「なんですか?」
「もうね、思い切って同棲するのはどうかしら」
「なるほど同棲……同棲!?」
大きな声を出して千夏は驚いていた。
突然の提案だったので千夏が驚くのも無理はないが、円華も先ほどすぐに考えて納得したので大丈夫だと言葉を続けた。
「ほら、確かに別々の部屋に住んでるけどもう同棲してるようなものじゃない? ご飯だって一緒に食べるし、一緒に寝ることも最近は常でしょ? なら、もう同棲しても良いと思うのよ♪」
「……確かに」
今こそ畳みかけるとき、円華は更に攻勢を仕掛ける。
「私、千夏君と同棲したいわ。朝から晩まで、本当の夫婦のようにずっと傍に居たいの。どう?」
「……いい……ですね。その、お互いの両親がどう言うかですけど」
千夏は乗り気だと円華は受け取った。
後はお互いの両親を説得するのみ、だが不思議と円華は不安を抱かなかった。本当に何となく、確証のないものだったが断れる未来が見えなかったのである。
「まあでも、一旦提案として聞いてみましょうか」
「そうですね」
ということで、円華はすぐに唯香に電話をすることにした。
円華から電話が掛かって来たということで、唯香の機嫌はとても良いみたいだ。
「唯香さん、ちょっとご提案があるのですが」
『あら、どうしたの? 千夏と同棲したくなった? うちの人は賛成しているし円華さんのご両親が良いと言うなら大丈夫よ」
「……すぅ」
円華は大きく息を吸い込み、そして握り拳を天に掲げた。
「やったわ千夏君!!」
「……嬉しいのは嬉しいんですけど、母さん簡単に決めたな」
後は円華の両親のみ、ということですぐに円華は電話を掛けた。
その後の円華の喜びようからどんな返事をもらえたかはすぐに分かる。さて、こうして未来に向けてのある意味新たな一歩となるのだった。
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