もっとあなたを愛したいです

「ここのコーヒーは美味しいね」

「そうですね。凄く美味しいです」


 今、俺は大変な場面に直面していた。

 俺が今居るのはとある喫茶店なのだが、目の前に居るのはガッシリとした肉体の男性だった。背も俺より高く、顔も少し厳つい……だが、声音は柔らかく雰囲気も穏やかなのが絶妙すぎるギャップだった。


「こうして君に会えて嬉しいよ千夏君」

「こちらこそです……えっと、健治さん」


 佐伯健治けんじさん、それがこの男性の名前だ。

 名字からも分かるようにそう……この人こそが円華さんのお父さんになる人だ。そもそも出会いは偶然で、マンションの前で彼が俺を待っていたのだ。


『初めまして、突然で申し訳ないね』


 そう言ってスーツを着たこの人が話しかけてきた時はそれはもうビックリした。何かヤバいところに知らず知らずちょっかいを掛けたのでは……なんてことを思ってしまうくらいにはビビってたと思う。

 しかし、すぐに円華さんの父親だと明かされて俺はすぐに安心したが。


「……?」


 スマホが震えたので画面を見ると、円華さんからいつ帰るのかとメッセージが届いていた。いつもなら既に帰っている時間だし、文面から寂しそうにしているのが伝わってくる。


「円華かな?」

「ですね。いつ帰ってくるのかって」

「はは、本当に君は娘に愛されているんだな」

「……恐縮です」


 俺はつい照れ臭くなって下を向いた。

 さて、どうしてこのタイミングで彼がやってきたのか……おそらくは円華さんの同棲の件だと思われる。一応うちの父は学業を疎かにしないことを条件に許してくれたが、健治さんの意見のみまだ聞いていなかったのだ。


「まあ、僕がとやかく言うことはないよ。どうか円華の傍に居てあげてほしい、それをあの子が望んでいるのなら僕と妻もそれを尊重したい」

「……ありがとうございます!」

「ただし」


 そこで健治さんは指を立てた。


「君自身の学業を疎かにしないこと、円華と過ごす中で勉強に身が入らないなんてのはダメだからね」

「分かっています」


 円華さんと暮らせることの幸福さを噛み締めつつ、かといって自分がしないといけないことを疎かにするつもりはない。


「まあその点に関してはあの子もだが特に心配はしていないかな。真冬もそうだったけど、おそらく本当に欲しいモノを手に入れるのに妥協はしないだろうから」

「なるほど……うん?」


 本当に欲しいモノを手に入れるために妥協はしない……その言葉の意味は分かるけどそれが真冬さんもそうだったとはどういうことだろう。その時俺は円華さんが言っていたことを思い出した。


『お父さんもお母さんにはデレデレだから』


 ……つまりはそういうことなのか?

 俺よりも大きくて立派な体を持った健治さんだが、あの小さな体でありながら並みの女性以上の色気を醸し出す真冬さんに迫られているのを想像すると……うん、ちょっと面白いかもしれない。


「その……もしかして、健治さんも真冬さんから……えっと」

「イチャイチャラブラブアタックを受けていたかって?」

「はい……?」


 おかしい、今健治さんから到底似合わないカタカナが飛び出したような……。

 困惑する俺を知ってか知らずか、健治さんはコーヒーをグイっと飲んで話してくれたのだった。


「僕も正直びっくりしていたかな。真冬との出会いは大学のサークルだった……飲み会があってその時に介抱したのがきっかけだった」

「へぇ……」

「たったそれだけさ。それだけで彼女は僕を気に入ったらしく、良く話しかけてくれるようになった。いや、アレは話しかけるというよりも色仕掛けだったかもしれないな」

「……ほう」

「過度なボディータッチは日を追うごとに増え、恥ずかしがる僕を見てはその都度微笑ましそうにしていたよ。大学生ともなると大人の仲間入りをしたようなものだ。そんな中で真冬はなんて言い出したと思う?」

「なんて……言ったんですか?」


 ヤバい、こうして話を聞くのが楽しい。

 身を乗り出すように聞いた俺に頷き、健治さんは困ったような笑みを浮かべて教えてくれた。


「甘えさせてあげる、なんてことを言い出したんだ。クラッとするような魅惑的な微笑みと一緒にね」

「……あ~」


 なるほど、やっぱり円華さんは真冬さんの娘だ間違いない。

 大まかな馴れ初めは教えてもらったけど、健治さんはそれ以上のことは話してくれなかった。俺としてもこれは聞いていいのかどうか迷う部分だが……思い切って聞いてみることにした。


「健治さん……真冬さんに思いっきり甘えたりとか」

「……まあ時々ね。夫だし、妻に仕事の疲れを癒してもらうのはおかしくない」

「ですよね。こう……赤ちゃんみたいなプレイをさせられたり――」

「ごほっ!? こほっ!?」

「……なんかすみません」

「いや、どうやら君は僕の仲間らしい」


 ガシッと手を取り合って固い握手を交わした。今ここに妙な友情が芽生えた気がしないでもないが、健治さんと知り合えて本当に良かったと思う。それからはもう、二人して色々とお互いのパートナーについて語り合うのだった。


「……何か忘れているような」

「円華のことかい?」

「あ……」


 ってそうだ、結局円華さんに返事すら返していなかった!

 俺はすぐにスマホを取り出してメッセージを送ろうとしたのだが……円華さんから凄い量のメッセージが送られてきていた。


「すみません、ちょっと電話しますね」

「あぁ」


 電話を掛けるとワンコールで円華さんは出た。


『千夏君今どこに居るの?』

「……っ」


 その声はかなり暗く、円華さんが泣いているのではないかと思わせるほど震えた声だった。俺は何をしていたのかをきちんと説明すると、円華さんはすぐに元気を取り戻してくれた。


『なるほどね、お父さんが全部悪かったと……分かった。そこにお父さんは今も居るのよね?』

「いますよ?」

『スピーカーにしてくれる?』


 喫茶店ということもあり、音を調節して健治さんだけに聞こえるようにした。


「……円華かい?」

『お父さん嫌い』

「……っ!?」


 あ、強面の顔が悲しみに歪んだ……。

 円華さんの今の嫌いはかなり本気の圧が込められていた。間違いなく俺自身がそう言われたら死んでしまいたいと考えてしまうくらいには心に来るかもしれない。


『……なんてね。冗談だからごめんねお父さん。千夏君に会いたかったのもそうだけど私のこと凄く心配してくれてるのよね』

「ま、まどかぁ!」

『あぁもう、泣かないの! 早く帰ってお母さんに慰めてもらいなさい』

「……そうするよ」

「……………」


 もうどこから突っ込めばいいのか分からん。

 また円華さんを含めてゆっくりお話をする約束をしてから、俺は健治さんと別れるのだった。そのまますぐにマンションに向かうと、部屋に入った瞬間に顔面におっぱいが襲撃を掛けてきた。


「わぷっ!?」

「ち~な~つ~く~ん♪」


 遅くなってしまったことでしばらく会えなかったこと、待っていた時間もあって円華さんはいつも以上に俺を抱きしめる力が強い。しかも最近、こうすると俺が苦しくないようにと最適な抱きしめ方を習得したらしく……全然苦しくなかった。


「まさかお父さんと会ってたなんて思わなかったわ。でもそっか、お父さんも認めてくれたのね」

「そう……ですね。トントン拍子に進んで少し怖いですけど」

「そう? 逆に私たちの愛を阻める存在は居ないってことの証明でしょ」

「そういう考えもあるんですね」

「うんうん♪」


 ……まあでも、これで色々と準備は整ったことになる。

 俺も新たに決意を固めないとな。この愛おしい人とどこまでも一緒に歩いていくことを。いや、この覚悟は既に決めていたことか。


「円華さん」

「なに?」

「これからもずっと、あなたの傍に居たいです。よろしくお願いします」

「……うん♪」


 チュッと唇にキスをされて再び抱きしめられた。

 円華さんと出会ってから色々なことが短期間のうちに起きたけど、その全てが俺にとって良い方向に動いてくれたと思う。これから先、もっともっと円華さんの傍に居られるように……俺も負けないくらい、彼女を愛したいと思ったのだ。



【あとがき】


一区切りとなります!


 

 

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