考えることをやめな
「なるほどな。それであいつはお前を見てるってわけか」
時折見てくる三東の視線に涼真がそう呟いた。
流石に円華さんにあんな風に言われたおかげでもう絡んでくることはなくなったけど、視線を向けてくるのは変わらなかった。
「う~ん、三東君には気の毒だけど円華さんはどうあってもなっちゃん以外には靡かないよ絶対」
「……嬉しいもんだ本当に」
「うんうん。想われてるよなっちゃんは」
よしよしと、まるで子供をあやすように白雪に頭を撫でられた。
「……なんか、円華さんと違うな」
「失礼だよなっちゃん! 私だって涼真と赤ちゃんプレイすることあるんだから!」
「白雪!?」
ほ~う?
二人がラブラブなのは知ってるけどなるほどそんなプレイもするんだな別に知りたくなかったけどな! でも……よくよく考えたら俺だって二人を笑えないようなことを円華さんにされてるようなもんなんだよなぁ。
特に昨日の夜とか凄かったし……。
『ほうら千夏君、ママですよぉ?』
別に俺が頼んだりしたわけでは断じてないのだ。円華さんがいきなりお母さんになるとか言い出して……それでも興が乗ってしまって雰囲気に流された。あの時だけは円華さんが大学生ではなく本当に熟した女性のように感じてしまった。
「なっちゃんニヤニヤしてる~」
「っ!?」
いかんいかん、表情に出ていたみたいだ。
でもなぁ、ちょっと気を抜けば円華さんが頭の中に浮かんでくる。それだけ円華さんの存在が大きいってことだよな。甘えるのも大事だが……よし、今日はちょっと俺の方から円華さんを攻めてみよう。
「なあ白雪」
「なに?」
「普段甘えられるのが好きな人からしたらさ、逆に甘やかされるのはやっぱり嬉しいのかな?」
「嬉しいんじゃない? 私だって涼真に甘やかされるの好きだもん」
「おっけ」
今日帰ってからの方針は決まった。
以前に円華さんの俺のモノ、なんて言った時に凄い照れてたし攻めたら凄い可愛い表情が見られるんじゃないか? 今から凄く楽しみになってきたぞ。
「……あ、そうだなっちゃん」
「どうした?」
ふと立ち上がった白雪は俺の近くに来た。そのまま手を伸ばして髪の毛に触ってかき分けるように覗いてくる。
「もう傷が残ってないことは分かってるけど……時々、こうやって傷がないことを確認しないと不安なの」
「白雪……」
悲しそうな表情を浮かべた白雪の頭に手を伸ばした撫でた。出来るだけ安心させるように、気にしないで良いようにと。
「全然大丈夫だから、あの時たくさん泣いてくれたから良いんだよ。ったく、そういう時は涼真の胸に飛び込んどけ」
「うん……涼真ぁ!」
「おぉよしよし」
そうそう、そうやって白雪は涼真に甘えてればいいんだ。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見つめながら、午後の授業を終えてすぐに俺はマンションに戻る。そして、あの決めたことを早速実践するのだった。
「円華さん」
「なあに?」
「来てください」
「? ……えぇ」
少し困惑したように円華さんは近づいてきたが、俺はすぐに円華さんを思いっきり抱きしめるように引っ張った。可愛らしい悲鳴と共に腕の中に収まった円華さんの頭を撫でたり、或いは背中を撫でたりして甘やかす……あれ、これって甘やかすことにならないよな。
「千夏君?」
「円華さん、俺はあなたを甘やかしたいです。俺ばかりされるよりも、俺だって円華さんに同じことをしてあげたいです」
「……あぁ、そういうことなのね」
クスッと円華さんは笑った。
俺の考えを分かってくれたらしく、いつもはすぐに甘やかすような行動を取ってくる円華さんは俺にされるがままだった。
「なんか……いいわねこの立場逆転的なのも」
「ですよね。ほら円華さん、もっと甘えてください」
「あまえりゅ~♪」
スリスリと胸元に頬を擦り付け、俺という存在を円華さんは感じていた。俺はずっと円華さんの頭を撫でたりしてばかりだったが、これだけでも円華さんは満足してくれているようだった。
しかし、この俺の提案が円華さんの甘やかせたいゲージを止めどなく上昇させていくことになるのを知るのはご飯の後だった。それまでは特に普通だったのだが、一緒にお風呂に入ったり、ご飯を一緒に作って食べたり……。
『千夏君、背中を洗ってくれる? 甘えさせてくれるんでしょ?』
『あ~んしてくれる? 私に食べさせて?』
円華さんからの要望に全て応えた。
一度も首を横に振ることなく、少しも考えることすらせずに彼女から伝えられることに応え続けた。そして、全てを終えてベッドの上に上がった時に円華さんは我慢の限界が来たみたいだった。
「さあ千夏君、あんなに私を甘やかしたのだからその逆をされるのも覚悟しているわよね?」
「……え?」
円華さんが目の色を変えて俺の腕を引っ張った。
かなり強い力に俺は成す術なく円華さんに抱き寄せられ、体勢を崩されて膝枕をされてしまった。
「まだ寝るには早い時間よね? さっきまで散々私を甘やかしたように、少しの時間だけど私の愛をたっぷりと受けて甘やかせてあげるわ♪」
「……なんか怖いんですけど」
「あら酷いわね。全然怖くなんてないないわ。千夏君は何も考えずに、私に甘えればいいのよ?」
これからされることを想像して何故か怖い……。
円華さんからされる……というより、甘やかし地獄が待っているのは容易に想像出来るのだがどうして怖いんだろう。おそらくあれだ……グズグズに溶かされて人としての全てを放り出してでも円華さんに染まりたいと思ってしまうからだ。
「ぐぅ……ぐぬぬ」
「ほうら、耐える必要はないわ。お姉さんに何でも言って? な~んでもしてあげるんだから。さあ千夏君、私に全部を捧げて? 私に身を任せるように、私にあなたのしたいことを何でも言ってみて?」
……あかん、この誘惑は本当に人をダメにする言葉だ。
絶対に円華さんはそれを分かっているし、これ以上攻められたら俺が抗えずに幼児退行することもこの人は分かっててやっている!
「また、ママになってあげようか?」
「……ふんっ!!」
その誘惑に俺は耐えた。
とはいえ、体に受けたダメージは計り知れず嫌な汗が額から流れてきそうだ。昨日のような姿は後になって後悔することは分かっている。ならば、そうならないように意識をしっかり持って円華さんに甘えるのだ。
「円華さん、失礼させていただきます!」
ベッドに横になるように円華さんと倒れ込んだ。
お互いに体を横に向けて抱き合う形だが、俺は円華さんの胸元に顔を埋めるようにして甘える。うん、やっぱりこれが一番俺は好きだ。
「そうね。やっぱりこうやって甘えるのが千夏君って感じだわ」
「……冷静に指摘されると恥ずかしいですが」
「そんなことないわ。何も恥ずかしいことなんてない、もっともっとそうするのが正しいって千夏君の体に染み込ませなくちゃ♪」
だから一々言い方が甘さを滲ませた怖さを感じさせるんだって!
結局、それから俺は当然円華さんの抱擁から逃げることはせず眠くなるまでそのままの体勢を続けるのだった。
……流石に円華さんのお母さんがやって来た時にこんなことを普段からしてます、なんてことは絶対に言えるわけがない。円華さんもまさか伝えるようなことはしないと思うけど、ちょっと不安に思ってしまうんだよな。
「可愛い可愛い千夏君、あなたはずっと私の胸の中に居るのよ。どんな時もこうしてあげるから、だから絶対に私から離れて行かないでね? 私との約束、破ったらどうしちゃおうかしら♪」
……取り合えず、何も考えずに今はただ円華さんに甘えている方が良さそうだ。
俺は考えることをやめた。
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