トラウマを植え付ける円華さん
『なあ本田! 頼むって紹介してくれよおおおお!!』
『だあああああうるせええええええっ!!』
俺は今日、久しぶりに人前でキレてしまった。
あのクラスメイトが今日も相変わらず円華さんのことを聞いてきたからだ。涼真も白雪も色々と言ってくれたが、それよりも俺が大きな声を上げてキレた。
「……はぁ」
きっと何あいつ、みたいな目で見られたんだろうなとは思う。まあでも、誰でも俺と同じ立場になればきっと同じことを思うはずだ。円華さんは俺と付き合っていて俺の彼女なのだ。それなのに信じてもらえず……いや、まあただのクラスメイトなので信じてもらえなくても別に良いんだけどさ。
「……ってことがあったんですよぉ」
「よしよし、大変だったわね千夏君」
ばぶぅ……はっ!? 俺は幼児退行してしまいそうになったことに焦りを感じて頭を振った。とはいえ、帰ってからずっと円華さんの胸に抱かれているのだからそんな気持ちになってしまう。
「円華さんは本当に母性が凄いですね」
「ふふ、こうしてると千夏君は赤ちゃんみたいだわ。とっても可愛くて、おっぱい飲ませてあげたくなるもの」
「出るんですか!?」
「出ないわよ。まだね」
俺の唇に指を当てて円華さんはウインクをしながらそう言った。
そうだよな……妊娠してないから出るわけないし、妊娠してないのに出るのはそれこそ漫画の世界だけだ。
「円華さぁん!」
「はあい、あなたの円華ですよぉ?」
ヤバい、円華さんに抱きしめられていると甘えたくて本当に仕方ない。これで嫌がられたり少しでも鬱陶しいと思われれば俺も正気に戻れるのに、円華さんは本当に俺にこうしてほしいと願っている……だからもう歯止めなんて利くものか。
「千夏君、今日も一緒にお風呂に入りましょうか」
「うん」
「夕飯も美味しいモノを作るからね。愛を込めて作るから♪」
「うん」
「今日もこっちに泊まっていきなさい。同じベッドの中で寝るのよ? 千夏君がそれが良いでしょう?」
「うん!」
「……可愛いわね本当に」
こんな姿は白雪にも涼真にも、ましてやクラスメイトの誰にも見せられない。まあでも気にすることはないか、ここには円華さんしか居ないしこんな姿を見るのも永遠に円華さんだけだろうし。
「ねえ円華さん」
「なに?」
「俺……こんな姿円華さん以外に見せられないよ」
そう俺は素直に伝えた。
しかし、そう伝えた瞬間円華さんの纏う雰囲気が少し変わったのだ。頭を撫でていてくれた手は止まり、どうしたのかと思って顔を上げると円華さんはジッと俺を見つめていた。
「円華さん?」
「他に誰か見る予定があるの?」
「……えっと」
ヤバい、どうやら円華さんの何かに触れてしまったみたいだ。
「……ごめんね千夏君。私、あまり千夏君のことを縛り付けるのはダメだって分かってるの。でもどうしても我慢できない、少しでもあなたが誰か他の子と親しくなる可能性があるのだとしたら」
「……………」
重い……円華さんの気持ちが本当に重たい。
でもやっぱり俺は不快ではなかった。むしろ、もっとこの重たい気持ちを俺に向けてほしい。そうすればずっとこの人は俺の傍から離れて行かない、ずっとずっと永遠にこの人は俺の傍に居てくれるんだ。
……って、これだともしかしたら俺もちょっと重たいか? でも仕方ない、この人と出会って恋人関係になったらこれほどの強い気持ちを抱くのも変ではないはずだ。
「じゃあ円華さん、ずっとそう思っていてくださいよ。そうすれば俺はあなたから離れないから」
「分かってる。そんなことを最初から分かってるわ」
そうしてキスの雨が降って来た。
額、頬、唇、顔の色んな所に円華さんがキスをしてくる。今に関してはキスで満足したのか、円華さんは再び俺を抱きしめるだけに留まった。
「あ、そうだわ千夏君」
「はい」
「近いうちに私のお母さんが来ることになってるの。千夏君に会いたいんですって」
「……はい!?」
今度は円華さんのお母さんが……ってどうしよう、いきなり緊張が物凄いことになって来た。大学生の娘の彼氏が高校生のガキだって思われて反対されたりしないかなどうかな……緊張もそうだし不安もヤバい。
「大丈夫よ千夏君。お母さんにはちょっとだけ詳しく話したのよ。それで千夏君にぜひ会いたいって言ったの。ふふ、私も千夏君のことについてマシンガンのように話したからもう結婚まで秒読みって思ってるかもね♪」
「な、なるほど……」
それなら良い……のかな?
近々訪れるという円華さんのお母さん、ちょっとどんな話をしようか今から頭を悩ませることになりそうだ。
さて、それから円華さんがジュースを用意するからと冷蔵庫に向かった。しかしそこで食材が少なくなっていたことを思い出したらしい。ということで急遽二人で近くの商店街に向かうことになった。
「今日はお魚にしましょうか。白身魚のフライトかどう?」
「あ、凄く美味しそうです」
「決まりね♪」
「円華さんが作ってくれる料理は何だって食べたいです。美味しいですから」
「もう千夏君ったら♪」
商店街だろうが知ったことか、そう言わんばかりに円華さんと引っ付いて俺たちは歩いていた。ただ……こうやって人が多い場所だからこそ、予期しない出会いがあるのも当然だった。
「本田……あ、あなたは!」
「……げっ」
「?」
例のクラスメイトと出会ってしまったのだ。
あいつも買い物で来ていたのか……とはいえ、円華さんと一緒の時に会いたくはなかったな。俺から視線を外し、円華さんに目を向けたあいつは意気揚々と近づいてきた。
「何の用だよ」
「お前に用はないって! 初めましてお姉さん!」
「……あぁそう、なるほどね」
どうやら円華さんは察したみたいだ。
あいつ――
「ごめんなさいね。今彼と二人で買い物中なのよ。千夏君のクラスメイトかもしれないけれどまたにしてもらえるかしら」
小声でまたなんてないけれど、そう呟いたが三東には届いてないだろうな。
俺の腕を取るようにその胸に抱いた円華さんが歩き出し、俺もそれに続くように三東に背を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! どういう関係なんですか? こいつは学校であなたの彼氏だなんて言ってますけど、流石に嘘ですよね?」
「嘘じゃないわ。私は千夏君の彼女で、千夏君は私の彼氏よ?」
「……だって全然釣り合わないじゃん。その……そいつに何か――」
……なあ、俺もまたキレてもいいか?
いくらクラスメイトで顔見知りとはいえ、流石に失礼が過ぎると思うのだ。正直、ムッとしてしまったのは俺がまだ子供だからだろう。円華さんの頼れる男で在れるように、そう意識するならドンと大きく構えていた方がいいはずだ。でも我慢できなかった。
「お前さ――」
いい加減にしろよ、そう言いかけた俺だったが……円華さんが俺の頬に手を添えてそのままキスをしてきた。
「っ!?」
「なっ!?」
唇に触れるだけではない、舌を差し入れてくる深いキスだった。
「……ぷはぁ♪」
数秒ほどディープキスを続けた円華さんは満足したように顔を離した。
そして、ニッコリと微笑んで三東にこう言葉を放つのだった。
「釣り合うとかどうとかそんなものを他人に言われる筋合いはないわ。私はこういうことを千夏君としかしたくないし、もう彼以外の人なんて考えられない。この体にも千夏君の感触が刻まれているほどよ? 千夏君だけを想い、千夏君にだけ腰を振る毎晩ドスケベな女なのよ私は」
「ま、円華さん!?」
「……あ……あの……っ!!」
顔を赤くした三東はそのまま走り去っていった。
……何だろう、ざまあみろって気持ちはあるのだがちょっと可哀想な気がしないでもない。ムカつきはしたが円華さんに恋をしていたのは間違いなく、その円華さんから匂わしどころではない発言を聞いたのだから。
「ふふ、ちょっと言い過ぎたかしら。まあでも、そんな女なのよ私は。だからもう千夏君にもらってもらわないとダメなのよ♪」
「……っ! 円華さん、今日の夜いつも以上に頑張りますから……あ」
おい、ここがどこか忘れてないだろうな俺よ。
幸いにも特に視線を集めてなかったので安心したが、俺はつい下を向いてしまう。
「うん♪ 今日も愛し合いましょう♪」
「……はい」
あぁ……本当に円華さんは全部包み込んでくれるなぁ。
案外逆のことも言えるかもしれない。俺の方こそ、円華さんにもらってもらわないともうダメだって。
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