出会って意気投合した二人
「それで円華さん、息子のどんなところが好きになったの?」
「はい
目の前で繰り広げられるやり取りに俺は居心地の悪さを感じていた。居心地の悪さといっても不快とかではなく恥ずかしいからだ。
(……参ったなこれは)
円華さんと外に服を買いに行ってから一週間ほどが経過し、その週末に母さんが電撃訪問してきた。せめていつ頃来るか連絡してほしかったが、母さんは俺をとにかく驚かせたかったらしい。まあ円華さんは一目見た瞬間から歓迎ムードをこれでもかって醸し出していたけど。
「……ま、母さんらしいか」
初対面の人でもすぐに打ち解け合うのは母さんの良さって感じだな。
俺の視線の先で円華さんと向き合い楽しそうに話している女性、セミロングの黒髪で目の下の黒子が印象的だ。……って俺は自分の母さんについて何を詳しく解説してるんだ。
まあでも、そんな誰とでも打ち解けられる優しい女性が俺の母である本田唯香というわけだ。
「その……私が思った以上に円華さんは息子のことを好きなのね」
「それはもう! 私にとって千夏君は全てなんです! そもそも電話でもお話ししましたが本当に千夏君には救われたんですよ!」
「そ、そう……」
熱の入った様子の円華さんに母さんが少し引き気味だった。
流石に当時のことをそのまま伝えることはしなかったが、円華さんは思い付く限りの感謝と愛を口にし続けていた。それは当然、俺が恥ずかしくなって止めに入る円華さんは口を閉じなかった。
「……ごめんね千夏君、私ったら興奮しちゃって」
「いえ……でもくっそ恥ずかしかったです」
しゅんとした様子だが、円華さんは俺の手を握り続けていた。母さんはそんな俺たちを見て口元に手を当てて苦笑していた。
「なんだか不思議ね。息子がこうして年上の女性と恋人関係になってるなんて」
まあ、母さんや父さんからすればそう思うのも仕方ないだろう。今まで彼女なんて居たことはないし、少し離れていた間の出来事だからなぁ。
「唯香さん、私は千夏君のことが大好きです」
そう言って円華さんに抱きしめられた。いつもするように、それこそ二人だけの世界を築き上げるように。
「今日出会ったばかりの私をある程度とはいえ信用してくださったことが本当に嬉しいです。それに応えるためにも、これから先私はずっと千夏君を愛し続けることをここに誓います」
「円華さん……」
マズイ、母さんの前で円華さんに抱きしめられた恥ずかしさよりも……ここまで強く宣言してくれた円華さんに感動していた。分かってはいたことだけど、俺もそれに応えないといけないって強く思えた。
「俺も……俺も円華さんが好きだ。母さん、今回は突然の報告になったけど……俺は円華さんを大切にするから。こんなにも想ってくれる人を俺は……」
「千夏君!!」
「円華さん!?」
更に強くギュッと円華さんが俺を抱きしめた。
ちょうど母さんの方を向いていた体勢が災いしたのか、円華さんの胸に頬を置く形でバッチリ母さんと目が合っている。母さんは俺たち二人のやり取りに目を丸くしながらも、すぐにクスッと笑みを浮かべた。
「本当に仲が良いのね。まあ付き合っているのなら当然の形でしょうけど、それでも千夏がここまで言えたことを立派に思うわ。そして円華さんもそんなに強く千夏のことを想ってくれてありがとう」
母さんは嬉しそうにそう言った。
今回は限りある時間の中での訪問だったのですぐに帰ることになってしまったが、また時間があれば会いに来たいと言っていた。
「円華さん」
「はい」
ただ……帰り際に円華さんを呼んで何かを話していたみたいだけど、俺はその話を聞いていない。円華さんも母さんも気にするなって顔だったので、俺としても詳しく聞くことは出来なかった。
「……むぅ」
「ふふ、別に仲間外れとかそういうのじゃないのよ?」
「分かってますけど……何だかなぁ」
「ああもう可愛いんだから千夏君は」
母さんが居なくなったリビングでまた、円華さんが俺を抱きしめた。おのれ、こうやると俺が諦めるとでも思っているのだろうかこの人は……あぁ気持ち良い、はいはい俺はこれで満足してしまう男ですよ!
「何というか、意思確認……みたいなものかしらね」
「意思確認?」
円華さんは頷いた。
「私がどれだけ本気なのか、どれだけ千夏君を想っているのか、どれだけ私が自分でも抑えられない気持ちを抱いているかのね。……まあでも、唯香さんに受け入れてもらえて良かったわ」
「……なるほど」
なるほど分からん。
円華さんの口振りからするに受け入れてもらえない可能性も考えていたのかな。母さんの場合は特に心配はなさそうだけど……そもそも、恋愛ごとに関してあまり口出しするような人でもないと思うし。
「でもこうなってくると……いずれ私の両親にも千夏君を紹介する日は近そうね」
「……それがあるんですね」
「えぇ♪ 心配はいらないわよ? 母はとても穏やかな人だし、父も私のことが大好きな親バカっぷりだもの」
親バカと言われるくらいなら彼氏のことを良い目で見ないのでは……それだけは少し不安になってしまった。
「それにしても良い人だったわね唯香さんは。久しぶりにこう……家族以外で頼れる大人の人に会った気分だもの」
「そうですか? 円華さんがそう思ってくれたなら良かったです」
自分の家族についてこんな風に言ってもらえるのは嬉しいことだ。
それから円華さんとゆっくり話でもして過ごしていたわけだが……本当にこうして目の前に居る円華さんはいつ見ても綺麗な人だ。
『おい本田! お前が一緒に居たお姉さんは誰なんだよ!!』
『まさか彼女とか言わねえよな!?』
『めっちゃ好みなんだけど! 紹介してくれよ!!』
……学校でのことを思い出してしまった。
円華さんとのデート中に遭遇した同級生だが、案の定学校で質問攻めに遭ってしまったのだ。しかも円華さんに一目惚れというか、かなり本気で恋をしてしまったらしくしつこかった。
『だあああうるさい! 俺の彼女だよ!』
『嘘を言うな! なあ頼むから教えてくれよ!!』
嘘を言うな、その言葉に少しカチンと来たけど……やっぱり特に親しくない人からすればそう見えるんだなと少し残念に思ったのは本当だ。円華さんのような人に比べて俺は……普通だからな。
「千夏君」
「あ、はい……っ」
円華さんに呼ばれてそちらに顔を向けた瞬間、唇に円華さんの唇が触れた。
突然のことで驚いてしまったが、今心を覆っていた不安のようなものは綺麗に消え去っていた。
「少しでも不安を感じたなら私が消し去ってあげる。千夏君の表情一つで私は何を考えているのか分かるくらいよ? ……って言えるとかっこいいんだけど、千夏君は顔に良く出るから」
「……分かりましたか?」
「えぇ。でも、そうでなくても私は気づくと思う。大好きな千夏君のことよ? 分からないことなんてあるわけないじゃない♪」
「……ほんと、敵わないなぁ」
もう完全に全てを把握されているようだ。
円華さんは完全に表情一つで理解は出来ないとは言っていたけど、普通に気付けているよなって思う。まるで心を読まれるように、それこそ隠し事なんて一切出来るとは思えない。
「さてさて、そこで問題です」
「問題?」
「こんなにも千夏君のことを理解している私ですが……そんな私を千夏君はこれから先手放す気はありますか?」
「ないです!!」
そんなことあるわけないに決まっている。
あまりに大きな声を出してしまったが、円華さんはニヤリと笑った。その笑みは穏やかな微笑みというよりは……何だろう、その言葉を待っていたぞと言わんばかりの自信に満ち溢れたものだった。
「百点満点の答えよ千夏君♪ ご褒美のサンドイッチをどうぞ♪」
「……ふわぁ~」
サンドイッチ……って、別にご褒美と言われずとも毎日されているようなものだけどなこれって。けどあれだよな、こんなことをしているなんてあのクラスメイトに知られたら呪詛でも吐かれそうなものだ。ま、それをわざわざ口にするつもりもないし円華さんとのやり取りを見せるつもりもない……だからどうか、諦めてくれ。
「ぎゅ~♪ まだする? するよね? すると言いなさい」
「……………」
円華さん目が……いや、何も言うまい。
時折強引な彼女も素敵だし……良いなって思うのはベタ惚れの証なのかな。なんてことを俺は考えていた。
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