ちょっとだけ怖い恋愛論
休日がやってきたら何をするか、それは当然恋人と楽しく過ごす! これに限るだろう。元々今日は一日円華さんとずっと一緒に過ごすことは決めていたが、家でジッとしているのもどうかなという話になったのだ。
「こっちの服も良いけど……こっちも良さそうね」
そんな休日だが、絶賛円華さんとデート中だった。気ままに街中を歩いていたが、ふと円華さんが洋服屋に目を留めたのだ。そこから中に入り着せ替え人形……とまでは行かないが、円華さんに服を選んでもらっているというわけだ。
「う~ん……どっちも捨てがたいわね。千夏君にはこっちも良いしこっちも悪くないし……愛おしい千夏君のことになると考えが纏まらないわ♪」
言葉では悩んでいるはずなのに、その音色はとても喜びに満ちていた。マンションから出た時からそうだったけど、円華さんは俺と一緒という事実を本当に嬉しく感じてくれていることが分かる。
「……ほんと、幸せだな」
今になっても思うことだけど、正直恋人が出来るとは思っていなかった。でもこうして円華さんと付き合うことが出来て毎日が幸せで彩られている。この日々を大切にしていかないとな。
二つの洋服を見比べる円華さんを見つめながら、俺はそう誓うのだった。
「決めたわ。千夏君にはこれが似合う!」
「あ、いいですねこれ」
チェック柄の落ち着いた服だが、俺はこういうの結構好きだ。
円華さんに服を選んでもらったわけだが、こうなってくると俺も――。
「ねえ千夏君」
「はい!」
よし来た! 俺も円華さんに似合うものを選んでみせるぜ!」
「最近キツくなってきたから下着を見てもいいかしら?」
「あ、はい」
下着に関してはまだハードルが高いです……。
それから数分後、ホクホク顔の円華さんが大切そうに紙袋を抱えていた。
「千夏君の好みはこういう感じなのね。ふふ、段々と染められてる感じがするわ♪」
「……………」
いやだって円華さんが着ると何でもエッチに見えるから仕方ないんだ。
黒とか赤とか、パッと見て派手でエッチな印象を抱かせる下着だけではなく、純白の清楚なイメージを抱かせる下着ですら円華さんが着けるとそれはもう凄かった。
「千夏君はどこか行きたいところある?」
「特にない……ですね。その、帰って円華さんと静かに過ごしたいです」
「帰りましょう」
円華さんの返答は早かった。
お互いに買ったものを大切そうに抱えながらも、手を繋ぐことは忘れない。お互いに少し冷えた手でもこうして握っていればすぐに温かくなる。
隣を見れば微笑んでくれる円華さんの姿に俺も嬉しくなって笑みが零れる。そんな風に彼女と歩いていたその時だった――クラスメイトとバッタリ出くわしたのは。
「……あ」
「?」
「本田……?」
昨日、下駄箱で年上のお姉さん云々言っていた彼らがそこには居た。
彼らは俺をまず見てから隣の円華さんに目を向け……そして繋がれている手を見て大きく目を見開いた。
「友達なの?」
「クラスメイトです……」
「あ、そうなのね」
円華さんはそれっきり特に彼らに反応はしなかった。俺も特に彼らと話をすることはないし……その、円華さんを見つめて顔を赤くしているその反応が面白くなかったのだ。
「円華さん行きましょう」
「えぇ」
たぶん、俺が何を考えているか円華さんは分かってるよな。握る手の力が強くなったのを感じながら、俺は彼らの前から円華さんを連れて行くのだった。それからすぐにマンションへと着いた。
「大丈夫よ千夏君。どんな目で見られても私は全く意に介さないわ。私の気持ちが動くのは千夏君のことを考えた時だけ。ふふ、そんな私は嫌?」
「嫌なわけないですよ。むしろそうであってほしいって思ってます」
「素直ね。そんな千夏君にはたっぷり甘えさせてあげないと」
リビングに向かってすぐ、俺は円華さんをソファに押し倒した。
押し倒したとはいってもあくまで彼女に甘えるために、俺は最近ではほぼクセになってきた円華さんの胸元に顔を埋めた。
「……円華さん、最近俺は思うことがあります」
「なあに?」
「こうしないと落ち着かないんですが……」
「私もこうやって千夏君を甘やかさないと落ち着かないわ♪」
……それは……そうか、ならお互いに落ち着くためにこれはしないといけないことってわけだ。それなら俺は遠慮なく、今までと同じくこれからも円華さんにこうやってとことん甘えることにしよう。
「今日は何が食べたい?」
「う~ん、ハンバーグが食べたいかな」
「分かったわ。腕によりをかけて作ってあげる」
ハンバーグ……安直な答えかと思ったけど、以前作ってもらったのがとても美味しかったのだ。円華さんが作る料理は基本的に何でも美味しい、でもまたハンバーグを作ってもらいたかった。
「こうやって甘えさせて、胃袋も掴んで、もう絶対に千夏君を私から離れられないようにするわ。同時に私も千夏君から離れられなくなる……素敵だわこの関係が」
「……絶対に離れないですからね」
「うん♪」
最近思えてきたことがあるのだが、俺は円華さんに甘えることに若干の怖さを感じると言ったけどもうどうでもよくなっていた。
そもそももう円華さんから離れられそうにないし、なんなら円華さんに包まれたまま生きていきたいくらいだ。
「このままずっと千夏君を抱きしめたまま肉体も一緒になって心臓も共有して、何をするにしても千夏君が一緒ならいいのに」
「……それはちょっと怖いですね」
前言撤回、やっぱり怖かった。
「嫌なの?」
「だってそうなるとこうやって抱きしめてもらうことも、逆に抱きしめることも出来ないじゃないですか」
「……確かに」
円華さんはハッとするように呟いた。
肉体も一緒、つまり生きることも死ぬことも全てを共有するってことだ。それは確かに永遠に一緒に居るための究極的な形かもしれないけど俺は嫌だな。
俺は体を起こして円華さん抱き寄せた。抵抗は一切なく、俺の胸の中で円華さんは大人しくしていた。
「俺だってこうやって円華さんを甘やかしたいっていうか……色々な面で頼ってほしいなとは思います。円華さんからすればまだ子どもかもしれないですけど」
「そんなことないわ!」
バッと円華さんは顔を上げた。
そのまま俺を押し倒すようにして馬乗りになった円華さんはその勢いのままに言葉を続けた。
「千夏君はとても頼りになる男の子だわ。千夏君は私の心を支えてくれている、あなたが傍に居るだけでこんなにも幸せなの。帰れば千夏君が待っててくれる、そう思えるだけで私はどこまでも頑張れる……それくらい私にとって千夏君は大きな存在よ」
そのサファイアブルーの瞳に俺を映して円華さんは真っ直ぐそう言った。
……そう、だな。今更何も悩むことなんてない、俺はただ円華さんを支えて行けばいいのだこれから先、ずっと……彼女だけの俺で居ればいいんだ。
「千夏君、キスしましょう? まだ夜じゃないし、軽めのキスで」
「はい」
円華さんの両頬に手を添え、俺はこちら側に引き寄せるようにした。円華さんはそのまま体を倒し顔を近づけてきた。唇と唇が触れ、円華さんのぷるんとした唇の感触が直に伝わってくる。
キスって今まで恥ずかしいことだと思っていた。
でも、こんなにも心が穏やかになるなんて……ずっとこうして居たい。そんな気持ちが強くなったのか、俺は円華さんの唇を割るように舌を差し入れた。
「っ……♪」
驚いた様子の円華さんだったが、すぐに応えてくれた。
さてさて、軽めのキスでと言われたのに我慢出来ない俺が悪かった。でもこんな可愛くて美人で、大好きな恋人を前にして普通のキスで終われるわけがない。そう言い訳を差せてもらえると嬉しい限りだ。
それからの日々、俺と円華さんはとにかく一緒に居た。
学校に居る間は当然会えないが、それ以外では基本的に円華さんと時間を共有するようなものだ。そして、ついにその日がやって来た。
「あなたが佐伯さんね! 凄く美人を千夏は捕まえたのねぇ」
「初めましてお母さま♪ はい、千夏君に捕まっちゃいました♪ 体だけでなく心までガッシリと♪」
向かい合う母さんと円華さん、二人はともに笑顔で見つめ合っていた。
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