これこそが一途な愛情
「……はぁ千夏君♪」
「……………」
夕飯を済ませ、食器洗いをしている俺の隣で円華さんがジッと俺を見つめていた。俺の目がおかしくなければ、彼女の両眼にはまるでハートマークが浮かんでいるような気さえしてくる。
「えっと……」
「……素敵♪」
……さっきからずっと円華さんはこんな感じだ。
そもそもの話、夕飯を終えて俺が食器洗いを申し出たのだ。円華さんは最初断ったのだが、流石にされるがままというのはどうも無理だった。
尽くしたいから、面倒を見たいから、甘やかせたいから……そう並んで伝えられる言葉に心の底から甘えたくなる気持ちは当然ある。でも円華さんの彼氏として、俺自身も出来ることをやろうと思っただけなのだ。
「自分の彼氏がお皿洗いをしている姿……なんて良いのかしら」
「……そんなですか?」
「えぇ。素敵千夏君……好き……愛してる♪」
そう言ってギュッと背中から抱き着いてきた。お腹に腕が回り、背中に伝わる豊満な柔らかさに意識が集中してしまう。それでも何とか俺は耐え凌ぎ、しっかりと仕事を終えるのだった。
「……あ、そうでした。円華さん、近いうちに母さんが来るみたいで……」
「あらそうなの? 私も千夏君のお母さまとはお会いしたかったのよ。ふふ、どんなことを話そうかしら……千夏君のことをどれだけ私が想っているのか、それをちゃんと伝えないとね♪」
「……なんか外堀が埋められてる気がする」
俺の言葉に当然じゃないと円華さんは頷いた。
「私はもう千夏君から離れるつもりはないわよ? それに、千夏君が私から離れることがないのも分かってる。だって千夏君はもう、私が居ないとダメでしょう?」
「……っ」
その円華さんの言葉は確信を持ったものだった。
そうでしょう? そうでないと許さない、そんな意味を孕んだ言葉に思えて俺は息を吞んだ。でも……俺はその言葉を受け入れると決めた。いや、それ以上に円華さんを俺に縛り付けたいのだ。
「円華さんだってそうでしょう?」
「ち、千夏君……?」
俺は一歩、円華さんの方に踏み込んだ。
「円華さんも俺が居ないとダメでしょう?」
おかしいな……俺も少し気が大きくなっているのかもしれない。
壁に背中を付けた円華さんの頬に手を添え、俺がそう問いかけると円華さんは顔を真っ赤にして頷いた。
「あなたはもう……俺だけのモノだ」
「っ……はふぅ」
あ、円華さんがへなへなとその場に尻もちを付いた。その姿がとても可愛くて……じゃなくて、俺はすぐに円華さんに手を伸ばして立たせた。
「すみません、俺のモノっていうのはちょっと言葉の綾と言いますか……その、円華さんをモノみたいに扱うことは絶対にないです!」
必死に弁解しているけど俺は円華さんを……というより、女性をモノのように扱うことなんて絶対にしない。世の中にはそういう人が居るのも知ってるけど、俺にはどうも共感できそうにないからだ。
「千夏君は凄いわね。言葉だけで私をこんなにしちゃって……」
「うぇ!?」
円華さんが俺の手を取り、自身の豊満な胸に押し付けた。すると、服を通して柔らかさの中に僅かな固さを感じた。円華さんはクスッと笑いながらも、昨日体を交えた時と同じ表情になってこう言った。
「それじゃあお風呂を済ませましょうか……ふふ♪」
それから数十分後、寝室の上でベッドに横たわる俺が居た。
「……あぁ頭がボーっとする」
先ほどまで風呂に入っていたわけだが……二重の意味で天国だった。
風呂って基本的に体を洗う意味合いもあれば、その日の疲れを癒すための場所でもあるため気持ち良いのは当然なのだが。
「お待たせ千夏君」
「あ……」
遅れて円華さんが戻って来た。
昨日着ていたパジャマは洗濯したのか、今日は初めて見るタイプだった。ベージュとホワイトのボーダー柄で凄く手触りが良さそうだ。それに改めて思ったけど円華さんはすっぴんでも本当に綺麗だ。
「ふんふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら身の回りのことをやり出した円華さんを見つめながら俺はさっきのことを思い返していた。あんな状態になった円華さんだからこそ、俺も普通に風呂が終わるとは思ってなくて……。
『これはどう? あ、ピクッてしたわ♪』
……円華さんって前世サキュバスでした? なんてことを考えてしまう。
「千夏君?」
「うわ!?」
っと、そんなことを考えていたからか目の前に居た円華さんに気付かなかった。四つん這いの姿勢で俺の顔を覗き込んでいた円華さんはどうしたのかと首を傾げている。
「あぁその……何でもないですよ」
「さっきのことを思い返してた?」
「っ……ああもう!」
「ふふ♪ 千夏君はエッチね……でも、私も同じくらいにエッチだわ♪」
「……うおおおおおおおおおっ!!」
俺は円華さんの体を思いっきりこちら側に引っ張り、そのままベッドに横になるように抱きしめるのだった。
「もう千夏君ったら♪」
「……すみません恥ずかしくて」
「いいのよ? 恥ずかしいと思ったら私に甘えてちょうだい。千夏君の場合はこれが一番落ち着くでしょうから」
本当にその通りですよ。
円華さんを抱きしめると、そのもこもことしたパジャマの質感が凄く気持ち良い。それに、俺はもうこうするのがクセになってしまったみたいだ。
「さっきの千夏君、とてもキュンと来たわよ? 俺のモノだって言われたこと」
「……あれは」
「まあ……優しい千夏君にしては似合わない言葉だったのもあるわ。でもね、私は千夏君のモノだって直接言われて嬉しかったのよ。さっきも言ったけどもうキュンキュンよ我慢できなかったもの」
円華さんは全身で喜びを表すかのようだった。
胸に顔を埋める俺の頭を優しく撫でながら、背中にも手を添えてとにかく円華さんは俺をあやすように接してくる。
「明日はお互いに休日だし、ずっと一緒に居れるわね」
「そうですね」
ちょっと言葉の響きが怖い気もしたけど、円華さんと一緒に居れることは俺も望んでいることだ。この温もりと柔らかさにずっと浸れる……円華さんに包まれているだけで俺は幸せだった。
(……はぁ♪ 私は千夏君のモノ……千夏君も私だけの男の子よ♪)
胸に顔を埋めて甘える千夏を円華は愛おしそうに見つめていた。
先ほど言われた俺のモノだという言葉、それは正に円華の心に宿っていた隷属心を過分に刺激した。普段から優しい千夏がふと口にした強気の言葉、それは本当に円華の心と体をこれでもかと喜ばせた。
(お母さまとはどんなことを話そうかしら……ふふ、あははははっ♪)
千夏が助けてくれた時、そして今回付き合うことになった時、両方とも千夏の母と連絡を取り合ったが確かに印象を良くするための思惑がなかったわけではない。だが円華が千夏のことを本気で愛しているのは本当だし、一生を彼に捧げる覚悟も本物だった。
そんな本物の気持ちを千夏の母は受け取り、円華を信頼に値する素晴らしい女性だと印象付けた。
「千夏君、これからもっと幸せになりましょう。どこまでも、どこまでも……あなたが居てくれるからこそ私は笑っていられるわ」
「円華さん?」
小さく呟いたつもりだったが、ある程度は千夏に届いたらしい。円華の豊満な胸に顎を置くようにして顔を上げた千夏の姿に、円華の中で途轍もなく膨れ上がるのは母性だった。
「……もっと早く会いたかった。もっと早く千夏君を知りたかった。もっと早くあなたを私に繋ぎたかった。もっと早く、あなたに捕まえてほしかった」
今更そんなことを言っても仕方ないが、円華は少しだけ考えてしまった。
もはや記憶にすら残らないあの男と共有した時間を永遠の闇に葬り去り、全てを千夏と過ごす日々で彩りたい……さあもっと溺れて行こうどこまでも、そう円華は千夏を抱きしめながら考えていた。
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