もっと攻勢を掛けてくる

 ようやく終礼が終わり、俺はすぐに荷物を鞄に纏めた。


「なっちゃんったら忙しないなぁ」

「まあ仕方ないだろ。俺が白雪と付き合いだした時みたいじゃね?」

「確かに。ふふ、あの時の涼真は可愛かったね♪」


 だからリア充が……あ、俺ももう同じ土俵に立ったのか。それを実感すると何とも感慨深い気持ちになる。二人みたいにイチャイチャは……いや、客観的に見たら俺と円華さんの方が凄くない? なんてことを思うけどどうだろう。


「それじゃあ白雪、涼真もまたな」

「おうよ」

「ばいば~い」


 二人に見送られ、俺は一足先に教室を出た。

 あぁそうそう、朝に円華さんに何かあったら嫌だなと心配していたが、先ほどメッセージが来ていて特に何もなかったと教えてくれた。


「……良かった」


 それだけで一安心できるってもんだ。

 下駄箱で靴を履きかえる時、よく顔を合わせるクラスメイトの男子が話をしている声が聞こえた。


「俺たちもうすぐ二年が終わっちまうのに彼女居ねえのか……」

「それを言うんじゃねえよ……」

「お前クラスで気になる子居ないのか?」


 ふと、彼らの声が耳に傾いた。

 つい昨日までは俺も彼らと同じこと言うような日々だったんだな……でも今俺には大切な彼女が居る。凄く優しくて、綺麗で、どこまでも甘えさせてくれる年上の彼女が……よし、早く帰ろう。


「なんかさぁ……俺の好みって年上なんだよな。すっげえ優しくておっぱいの大きい美人な彼女が欲しい!」

「そんな都合の良い女の人が居てたまるかよ」

「それな」


 いや、それが居るんだよなとは心の中で留めておく。


「お、じゃあな本田!」

「あぁ。またな」


 特に絡みがないとはいってもクラスメイトだから挨拶くらいはする。お互いに知らんぷりするよりは遥かに良い。そういう意味では凄く良いクラスだと思っている。


 彼らと別れ少し駆け足でマンションに帰る途中だった。母さんから電話が掛かって来たのだ。まだ仕事のはずなのにどうして……俺は電話に出た。


「もしもし?」

『もしもし千夏? いきなりごめんね』

「それは良いけどどうしたの?」


 何かあった? 少し身構えた俺だが、母さんに告げられた言葉は俺に僅かな衝撃を齎すものだった。


『佐伯さんに聞いたわよ? 付き合うことになったんですって?』

「……あ~うん。ごめん言わなかったよ」


 やっぱりこういうことって親に報告した方が良いのかな? まあ結婚の報告とかじゃないし良いかなとは思っていたけど……でもそうか、円華さんが母さんに伝えたみたいだ。


『ふふ、息子の色恋は気になるけど報告する義務なんてないからね。まあでも、相手が大学生の女性っていうのは驚いたわ……あ、別にダメとは言ってないからね? 千夏も隅に置けないなって思ったのよ』

「……なんか、改めて言われると恥ずかしいな」

『千夏にとっては初めての彼女さんでしょ? そういった恥ずかしさも含めて恋愛を楽しみなさい♪』

「あぁ。ありがとう母さん」


 ほんと、嬉しいことを言ってくれるなぁ母さんは。

 あぁでも、円華さんとどんな話をしたのか非常に気になるんだが。別に母さんは俺の考えていたことを察したわけではないだろうが、円華さんと何を話したのか簡単に教えてくれた。


『佐伯さんって本当に良い方ね。言葉遣いも丁寧で優しさが節々に感じられるし、何より千夏のことを本当に大切に想っていることが伝わって来たのよ。時間があれば是非会ってみたいものだわ』

「あぁ……会いに来てもいいんじゃない?」

『う~ん、確かに言われてみればそうね。それじゃあ近いうちに挨拶に行くわ』


 おっと、母さんが近いうちに来ることが決まってしまった。


『そろそろ切るわね。あぁそうそう、二度目になるけど千夏にとって初めての彼女だけどがっつきすぎないようにね? ゆっくり自分のペースで佐伯さんと歩幅を合わせていくのよ?』

「……うん、了解」

『? まあいいわ、それじゃあまたね千夏』

「あぁ」


 ブツッと音を立てて電話が切れた。

 母さんから伝えられた言葉に歯切れが悪くなったのは……まあそのなんだ。円華さんと付き合うことになったその日の夜にやることやってしまったし、その時点でかなり爆速だったんだよな。


「まあでも、ありがとう母さん」


 俺はスマホを座って走り出した。

 いつもなら最初に自分の部屋に鞄を置いてから向かうのだが、今日に限ってはそのまま円華さんの部屋に直行した。


「ただいま戻り――」

「千夏君おかえりなさい~♪」


 あ、顔面がとてつもなく柔らかなモノに包まれていた。

 気づけばこうなってるとちょっと怖い? なんてことはない、この鼻孔をくすぐる甘い香りに逆に落ち着くくらいだ。


「円華さん……寂しかったです」

「私もよ。今日一日、講義の時もずっと千夏君のことを考えていたの。友達にも少し指摘されてしまうくらいにね」


 それは……まあ俺もですけど。

 そう伝えると、円華さんは似た者同士ねと言って笑った。そのまま円華さんの手を引かれてリビングに向かい、ソファに座って再び幸せの時間が訪れた。


「……あ~」

「ふふ、可愛いわね本当に。こうしてると赤ちゃんみたいだわ」

「赤ちゃん……かぁ」

「流石に嫌だったかしら。それくらい可愛くて甘やかしたいってことよ」

「じゃあ甘えます」

「いらっしゃい」


 円華さんに飛び込んだ。

 飛びついた拍子に彼女を押し倒してしまったけど、円華さんはガッシリと俺の背中に腕を回して抱きしめてきた。これは……離れたくても離れられない。離れるつもりは一切ないけれど。


「あ、そうだ円華さん。母さんから聞きましたよ」

「あら、やっぱり電話したのね? まあ伝えるのは当然でしょ? しっかり伝えておいたから安心してね。千夏君は私が責任を持って面倒を見るって、将来に渡ってそうすると伝えてたから♪」

「……そこまで言ったんですか」


 母さんからはそこまで聞いていなかったけど……つまり円華さんのこの言葉は将来もずっと一緒に居るという宣言をしたのと同じだ。これから先、それこそ死ぬその瞬間までこの温もりに浸っていいのかな。


「千夏君が何を考えているのか良く分かるわ」

「え?」

「これから先、ずっと私の温もりに浸っても良いのか……とか思ってない?」

「……凄いですね円華さんは」


 円華さんに隠し事は出来ないな……ま、別に良いけど。円華さんはチュッと額にまずキスをして、それから鼻っ柱、頬、唇と流れるようにキスをしてきた。


「私に染まりなさい。私も千夏君も幸せ、それで良いじゃない」

「……そうですね」


 ただこの声を聞いていたい、彼女だけに時間を使いたい……って、本気でそう思ってしまうくらいに俺は円華さんのことしか考えられない。


「ふふ、まあそれが私の望みでもあり願いかしら。その中で私は千夏君を支えていきたい、色んなことをしてあげたい……私の時間、全部あなたに使いたい」

「……………」


 耳元で囁かれる言葉が脳を痺れさせ、無理やりにでも内側に入り込もうとしてくるかのようだ。朝にも思ったけど、この言葉に包まれ沈んでいくのは怖い……でも俺はそれを望んでいるのだ。


「……でも、俺だって円華さんに――」

「千夏君、私に何をして欲しい? 何でも言って、千夏君のしたいこと何でもしてあげるから」

「……………」


 ダメだ。

 少し意気込んで言葉を言おうとすれば円華さんに封殺されてしまう。途方もない大きな愛と途切れることのない優しさで造られた牢獄に繋がれそうになる……いや、もう繋がれているのか俺は。


「……円華さんは卑怯です。その……この状態で説得力はないですけど」

「うん」


 円華さんに抱きしめられながら、俺は頑張って言葉を続けた。


「俺だって円華さんに色々してあげたいんですから。だからどうか、円華さんも俺にお願いとかしてくださいよ?」

「……えぇ、分かってるわ。それじゃあ早速――」


 俺と円華さんのやり取りは世間からどう映るのだろう。そう考えてしまうが気にすることでもないか、この温もりに浸るのは正しいことであり、円華さんはずっと傍に居てくれるのだから。


「……………」


 けどあれだよな。

 昨日の一件を通してから……そして体の関係を持ってから円華さんが更なる攻勢を掛けてくる。今では不十分、もっとこちらに来なさいと無理やりに引きずり込まれるような感覚だった。

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