未来設計図
円華さんと別れた後、俺は何度か後ろをチラッと振り返っては見ていた。
「……ったく、どんだけ好きなんだっての」
いや、好きなのは当然だけど流石に気にしすぎな気がする。円華さんに溺れると宣言したようなものだが、本当に抜け出せなくなりそうでちょっと怖いのは事実だ。昨日円華さんと話をする中、幸せなのは確かだったけど若干の怖さはやっぱりあった。
『千夏君、私はどんなことだって応えるわ。だからどうかお願い、私を捨てるようなことは絶対にしないで……お願いだから』
事が済んだ後、円華さんに覆いかぶさるようにして荒い息を吐いていた俺に彼女はこんなことを言っていた。泣きそうな声で、必死に手を伸ばすように捨てないでと彼女は言っていた。
「捨てる捨てないじゃない……そんなこと、円華さんに思えるものか」
俺は絶対に円華さんを手放さない、俺にとって何よりも大切なあの人を絶対に!
「……そうだ。円華さんにメッセージでも送っておこっと」
昨日円華さんと本当の意味で結ばれたが、その前に元彼との小さなやり取りがあったからこそ今日が少し心配だ。円華さんに対して何かするんじゃないか、もしかしたら無理やり暴力でも振ってしまうのではないか……一度気にしてしまうとどうしようもないほどに頭から離れない。
『円華さん、大学の方頑張ってください。それと何かあったら絶対に俺を呼んでください。絶対に助けに行きますから』
無用な心配かもしれないが、それでも送らずにはいられなかった。
スマホをポケットにしまって歩き出すとすぐに返事が返ってくるのだった。
『ありがとう千夏君。私の方は大丈夫だからあまり気にしすぎないようにね? でもそんな風に気にしてもらえてとても嬉しい。帰ったらまた思う存分イチャイチャしましょうね? 受け止めてあげるから、たくさん甘えてちょうだい』
……あぁ、本当に優しすぎるって円華さんは。
不安なのは確かだが信じることもまた大事、俺は円華さんの言葉に若干安心したのか学校に向かう足取りは軽かった。
学校に着いて早々、俺は机に座ってボーっとしていたが……どうやら親しい相手には浮かれているのが分かるらしい。早速白雪と涼真が近づいてきた。
「おはようなっちゃん、なんか凄い機嫌良くない?」
「おっす千夏。さっきからお前ニヤニヤしてんぞ?」
「そ、そうかぁ?」
円華さんと付き合えた以前に、今まで女性と付き合ったことはなかった。それもあってかなり浮かれているんだろうか。どんなに表情を引き締めようとしても頬が緩んでしまう。あっと声を上げた白雪がビシッと指を差して核心を突いてきた。
「昨日は確か円華さんとお寿司に行ったんだよね……もしかして、円華さんとお付き合いをすることになったり?」
「お、マジかよ?」
「……うん」
俺は素直に頷いた。
その瞬間まず涼真がガシッと肩を組んできて、白雪が俺の手を力強く握った。
「おめでとうなっちゃん!」
「おめでとう千夏!」
「……ありがとう二人とも」
ずっと一緒に居た親友に祝福されるのはとても嬉しかった。
「これでなっちゃんも彼女持ちかぁ。ふふ、これからきっととても楽しくなるよ?」
「だろうなぁ……もうさ、幸せでヤバいんだよ。ほんと頬がユルユルだわ」
「あのお姉さん凄い美人だもんなぁ……なんだ? もう色々しちゃったり?」
そんなプライベートなことを聞いてくるんじゃねえよ。って、凛とした様子で返せれば良かったんだが涼真の言葉を通して昨日のことをそれはもう鮮明に再び思い出してしまった。
「……っ……!」
俺は反射的に机に顔を伏せた。こうでもしないと赤くなった顔を見られると思ったからだ。
「……早くね?」
「さっすが円華さん」
俺……今日一日授業に集中できるのだろうか。
そんな俺の懸念は現実のものとなり、誰かに注意をされるほどボーっとするようなことはなかったが、俺はずっと円華さんのことを考えていたようなものだ。まあ時間が経てば経つほど、いくら考えても仕方ないなと思えるようにはなったけど。
「ダブルデートとか出来るのかなぁ?」
「……どうなんだろうな」
昼休み、白雪のそんな言葉に俺は考えた。
話を聞く限り円華さんも白雪のことは気に入っているみたいだし、俺が行こうと言ったらおそらく頷いてくれるはずだ。
「その時が来たら楽しみだよ」
「だな」
まあ、少しの間は何をするにしても円華さんと二人で居たい気持ちもあるけれどみんなで出掛けたりするのも楽しそうだ。
「……ぐぅ……しらゆきぃ」
「あ~あ、夢の中でも私に会ってるのかな涼真は♪」
話に参加せず何をしてるのかと思えば、腕を組んで寝ていやがった。夢の中でも白雪と仲良く過ごしているのは何とも微笑ましい。ムカつくほどのイケメンだけど、好きな人の夢を見て涎を垂らしてる姿は……ちょっと間抜けだった。
「あぁ涎が垂れてるって涼真ぁ」
「……なんか母親と子供みたいだな」
口元を拭く白雪と好きにされる涼真の姿に苦笑した。
こんな風に仲の良い二人を見ていると、俺も早く円華さんに会いたくなる。溺れるってことは依存も? ……別に良いか、気にする必要なんてない。たぶんだけど円華さんにこの悩みを口にしたら……。
『依存? それの何が悪いの? 千夏君は私に溺れるんでしょう? なら気にするだけ無駄よ。ほらおいで千夏君、たっぷり甘えなさい♪』
「……って言われそうだ」
正直溺愛のレベルだと思うんだけど……心地良いからこそ浸ってしまうのだ。
これから午後の授業だけど……円華さん、どうしてるのかな。
千夏が円華のことを考えている時、彼女もまた千夏のことを考えていた。
「……はぁ。千夏君に会いたい」
今すぐ傍に行って抱きしめたい、甘えさせたい、甘えたい、好きなことをしたいしさせてあげたい……そんなことをずっと円華は考えていた。考えることは千夏のことばかり、友人にも心配されるほどに円華は彼のことばかり考えていた。
「ねえ円華、本当に大丈夫なの?」
「え? うん大丈夫よ。ちょっと彼氏のことを考えていただけ」
千夏もつい知られてしまったが、円華は全く戸惑うことなく伝えていた。
別に伝えることが悪いとは思わないし、千夏のことを自慢の彼氏だと思っているからだ。
友人……彼女は
「え!? 新しい男が出来たの!?」
ざわっと周囲が騒がしくなった。
円華は小さくため息を吐き、真紀はやってしまったと手を合わせて謝った。まあ円華としては特に困ることはないので知られてもどうでもいいことだ。とにかく早く帰って千夏に会いたい、その気持ちだけが強かった。
「……でもさぁ円華」
「何?」
「その……ちょっと彼氏のことを嬉しそうにするには様子が変じゃない?」
「どうして?」
素直に気になった円華は真紀に聞いた。
真紀は上手く言葉に出来ないけれどと前置きし、こう言葉を続けるのだった。
「なんか……ドロドロした感覚っていうか、上手く言葉に出来ないけど……ちょっと円華が怖い気がする」
「それはいけないことなの?」
「え……っ!?」
真紀が口にしたのはあまりにも抽象的な言葉だ。けれど今はちゃんと伝わってる。その上で円華は真紀を見つめた。
ドロドロとした気持ち、つまりは重たい愛を抱くことに何が悪いのか。それだけ想いが強いことの証明に他ならないのに。
「真紀? なんで顔を逸らすの?」
「今の円華なんか怖いのよ!」
怖いとは失礼な、円華は心外だと言わんばかりに眉を顰めた。
真紀から視線を外し、静かに時間を潰す中やっぱり頭に浮かぶのは千夏の姿だった。
「……千夏君♪」
上気する頬とは違い、その瞳はとても暗かった。帰ったら何をしようか、これからどんな未来設計図を語ろうか、円華はずっとそれだけを考えていた。
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