落ちる音〜♪

「それじゃあ今日はここまで、気を付けて帰れよ~!」

『は~い』


 先生の声を合図に終礼が終わり、今日もまた学校での一日が終わった。朝に円華さんと約束したように、初めての外食ということで今からワクワクしている。もちろん円華さんの手料理も凄く美味しいけれど、円華さんと一緒だからこそ意味があるのだと思っている。


「なんかソワソワしてないか?」

「ううん、なっちゃん今日ずっとこんなだよ?」

「そうか?」

「うん。私ずっと見てたもん」


 そんなに周りに分かりやすかったかな……まあでも、円華さんの存在を知っている二人だからこそ俺の気持ちも理解してくれるだろう。というか白雪、ずっと見てたってなんか怖いんだが。


「ずっと見てたって怖くね?」

「そんなことないよ! ねえなっちゃん!」

「いや怖いけど」

「が~ん!!」


 ずっと見てたは怖いって……。

 ていうか白雪、お前は俺なんかを見る暇があったら涼真のことをジッと見とけ。涼真だって気持ちよくはないだろうしな。


「全くこいつは……」

「涼真ぁ♪」


 ……はっ、リア充がイチャイチャしてら。

 俺は涼真に頭を撫でられている白雪を見ながら考えてみた。昔のことがあって白雪は少しだけ重たい親友の情を持っていることは理解している。あれはもう済んだことで一切気にする必要はないのにな。


「……白雪」

「何~?」

「ま、見守ってくれてることはサンキューな。怖いけど」

「うん! ……って怖いは余計だってば!!」

「くくっ、本当に飽きないねぇ」


 笑う前に白雪の手綱を握っててほしいもんだ。

 それから三人で下駄箱に向かい、外に出た段階で俺は二人に教えた。


「実は今日、円華さんと寿司を食いに行くんだよ」

「へぇお寿司!」

「いいじゃん。楽しんで来いよ」


 言われなくてもそのつもりだ。

 白雪が目線で私も行きたいって目をしているが、当然連れて行くわけがないし最初から誘うわけがない。白雪を誘うときは涼真も一緒のみんなでご飯を行く時くらいだ。


「楽しんできてねなっちゃん」

「それじゃあな」

「おうよ!」


 二人と別れた俺は少し駆け足でマンションに帰る。

 その中で俺は思うことがあった。改めて円華さんがあの時、自殺しようとしたことを考えると本当に明るくなってくれて良かった。ふとした時に暗い表情を見せたりすることもないし。


「よしっと、ただいま」


 部屋に荷物を置いて俺はすぐに隣に向かった。

 この時間帯に帰ってくることは伝えていたので鍵は開いており、俺は自然な動きで中に入るのだった。


「円華さん、ただいま帰りました」

「あ、お帰り千夏君!」


 ……あぁ、円華さんの笑顔を見るために一日を生きているような気がするよ。

 パタパタと足音を立てて駆け寄ってくる円華さん、すぐに手を取られてリビングまで連れて行かれた。


「……ふふ♪」

「どうしましたか?」

「ううん、そんなに一緒に外食に行くのが嬉しいのかなって」

「……分かりましたか?」


 涼真と白雪にも気づかれたばかりなのにな……。俺はつい恥ずかしくなって下を向いた。円華さんがどんな顔をしているのかと思ってチラッと見てみると、とても優しい眼差しで俺を見つめていた。


「……っ」


 前から思っていたけど、円華さんは本当に凄まじい包容力を備えている。本当の母さん以上に甘えてしまいそうな母性というか、そう言うと母さんが泣くかもしれないが本当にそれくらいのものを感じるのだ。


「ほら千夏君、お帰りのハグよぉ♪」

「……あ」


 大きく腕を広げて円華さんは俺を待っている。

 そう、これだ。この甘い声と仕草に、俺はいつも考える力を破棄させられて甘えてしまう――こんな風に。


「……円華さん」

「ふふ、良い子良い子」


 正直、マズいと感じている。

 このまま円華さんに全てを任せて堕落していきそうな気がするからだ。もちろん彼女から離れられない、そんな中毒とまでは行かないが……もう俺の世界には円華さんの存在なくしては語れない、それほどに俺にとって円華さんの存在は大きくなっていたのだ。


「円華さん、俺今すっげえ悩んでます」

「あら、何を?」


 ちょっと聞いてみよう、円華さんはどんな答えを返してくれるか。


「……このままだと俺、本当にダメになりそうな気がして。もう、円華さんにこうされることが嬉しくて。こうされないと逆に落ち着かないって言うか……すみません気持ち悪いことを言って」


 本当に俺は何を言ってんだ。そこまで言って円華さんから離れようとしたが離れられなかった。俺を抱きしめる円華さんの力がとても強くなったからだ。円華さんは俺の耳元に顔を寄せ、甘く囁くようにその声を直接脳に届かせてきた。


「何が気持ち悪いの? ねえ千夏君、この行為を気持ち悪いとかダメなのこととか思ってはダメよ。これはとても必要なことなの、千夏君がこうやって私に甘えることはとても大切なこと……良い? 疑問に思ってはダメ、大切なことだと思って? 必要なことだと思って良いのよ?」

「……………」


 あぁダメだ……溶かされる。

 心がドロドロに……脳まで溶けていくような気さえしてくる。言葉だけではなく頭を撫でる優しい手の感触と、円華さん自身が放っている包容力と言う名の抗えない魔力が包み込んでくるようだ。


「私はいつも千夏君の傍に居る……ほら千夏君、私の顔を見て?」

「円華さんの……?」

「そう……今、私の瞳には誰が映ってる?」

「……俺です」

「そうよね。千夏君の瞳にも私だけが映ってる」

「はい」


 一体、このやり取りは何を意味しているのだろうか。

 俺を真っ直ぐに見つめる円華さんが続けた言葉、それはこんなものだった。


「正真正銘、今この世界を形成しているのは私と千夏君だけ。ふふ、それってとても素敵じゃない? 私と千夏君しか居ない――千夏君が頼れるのは私だけ、千夏君を包み込んであげられるのも私だけよ」

「あ……」


 円華さんだけ……円華さんだけ……。

 しばらくボーっとしていたが、少しくしゃみをしたくなって円華さんから離れた。そして豪快な一発を手でちゃんとガードするようにして放つ。


「へっくしょん!!」

「……ふふ……あはははっ!」

「すみません円華さん我慢が……あ」

「千夏君鼻水垂れてるって!」


 うおおおおおおおおおっ!!

 まさか円華さんの前で鼻水をこれでもかと垂らした顔を見られるなんて最悪だ。でも何となく今のくしゃみに助けられた気がしないでもない。あのままだったら本当に俺は……いや、全然嫌ではないけど……少し怖かったのもあったから。


「……ってああああ! 千夏君、時間!」

「え?」

「予約しておいたのよ! あぁもう私の馬鹿! 千夏君を可愛がるのは夜にも好きなだけ出来るでしょうがスカポンタン!」


 円華さんが荒ぶってらっしゃる……。

 取り合えず、俺は円華さんに声を掛けて準備を開始した。まあ予約した時間が迫っているとは言っても、大きく遅れるというわけではなかったらしい。


 円華さんと一緒に数十分掛けて街中の寿司屋に向かった。少しバタバタしたけど待ちに待った円華さんと二人きりの外食だ。今日は思いっきり楽しもう、また一つ円華さんとの大切な思い出を作るために。


「さあ千夏君、入りましょうか」

「はい!」


 腕を組んで店に入った俺たち、隣に居る美人なお姉さんの円華さんはやっぱり人の視線を集めていく。果たして俺たちはどんな風に見られているのか、俺は少しでも円華さんの隣に立っていることを馬鹿にされないように胸を張った。


「……千夏君、今のキリッとした顔とてもかっこいいわよ」

「え? 本当ですか?」

「えぇ♪ ふふ、いつもより大人っぽく見えたもの」


 マジですか、そんな風に言われたらニヤニヤが止まらなくなりそうなんだが。


「お客様、お連れしてよろしいですか?」

「あ」

「あ」


 ……はい、お願いします。

 俺と円華さんはその後、静かに店員さんに連れて行かれるのだった。




【あとがき】


次回がまず一つの区切りとなります。


後最近思うことなんですが、本当に自分の書きたいことを伸び伸び書けている気がします。これも読んでくださる皆さんのおかげだと思っております。


自分にはこうして書くことしか出来ませんが、少しでもみなさんの空いた時間に楽しみを届けられているなら幸いです。

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