二人とも求めている
私の胸の中で愛おしい人が眠っている……それは正に彼を捕まえた証でもあった。
「千夏君……好きよ。大好き」
既に彼が眠っているからこそ、こうやってストレートに言葉を伝えることが出来るわけだが、別に起きている時に言えない言葉でもない。千夏君が私に惹かれてきているのは分かるけれど、まだまだだ……もっと熟した時に止めの一撃をお見舞いするのは後少しだ先だと思っている。
「……私ってこんなに欲望に忠実だったのね」
まさか、自分の奥底に眠っていた感情がここまでとは思わなかった。私は千夏君を独占したい、彼を私だけのモノにしたい……ううん、モノという言い方はダメね。私は彼に溺れてほしい、どこまでも深い沼に入り込んで二度と抜け出せない、そんな底に彼を引きずり込みたい。
「千夏君、私はこんな女なのよ? あなたの意志を優先しているのは確か、でもそこにはあなたを私から離れられなくしたいっていう薄汚い欲望がある。現に今日千夏君が帰ってくるまで私は……ふふ♪」
外ではそうでもないが、家に帰ってきてから一人になると私が考えるのは千夏君のことだけだ。彼のことを思うと体が否応にも反応してしまい、気持ちが昂って抑えられなくなる。
『千夏君……私……私ぃ』
あの時救ってくれた大切な人を脳内に召喚し、出来る限りの妄想をして私は自分の時間を楽しんでいた。千夏君が気付きそうになって少しソワソワしてしまったが、実際の彼に私のあられもない姿を見られるのも悪くない……なんてことを考えて少し体が震えた。
「千夏君、私は絶対にあなたを逃がさないわ。だからどうか捕まって? 私は永遠を賭してあなたを愛するから。だからあなたも私を愛して? お互いの命が尽きるその時まで、私はあなたの傍に居るから……うん、私って重い女だわ」
自分でも重たいというのが良く分かる。
でもそれがどうしたというのだろうか。彼を想う気持ちに際限はなく、もっともっとと求めることの何が悪いのか。何も悪くない、お互いをお互いを求めるのならば誰もそこに口を挟む権利などないのだから。
「すぅ……すぅ……」
「……本当に可愛い寝顔ね」
色々と頭の中で言葉を並べたけど、今日は初めて千夏君とのベッドインだ。いつも使っている自分のベッドの上で彼が私の胸の中で眠っている……あまりにも幸せ過ぎて頬がユルユルになってしまいそう。
「……ふふ、これ以上はまたの機会に……ね。ねえ千夏君、私はいつでもあなたに応える用意は出来ているから待ってるわよ?」
眠り続ける彼にそう言った。
……まあ、私が我慢できるかどうかは別にしてだ。それにしても私、よく我慢しているなと改めて思う。こうして千夏君の体を抱きしめているのにそれだけで満足できているのが信じられない。
「……ちゅっ」
千夏君の額にキスをした……それだけでは足りない、まだまだだと私は千夏君の額にまた口を近づけ、そしてペロッと舐めた。
「……あぁ♪」
彼が眠っている間に少しだけ刺激的な悪戯をすることに快感を覚える。もっとしたい、もっと深く激しいことをしたいと心が叫ぶ。でも我慢よ円華、まだその時ではないから我慢するのよ。
それからしばらく、私は千夏君の寝顔を眺め……気づいたら眠っていた。
「……?」
朝、目が覚めた時に俺は首を傾げた。
何だろう……目の前に広がるド~ンと効果音が聞こえてきそうな丸い物体は。しかも生きているように僅かながら動いて……っと、そこまで考えて俺は赤面した。それはもう凄い勢いでだ。
「そっか俺……昨日は円華さんと一緒に寝たんだ」
それを実感したらそれはもう照れてしまうというものだ。
チラッと目線を上にして円華さんの顔を覗き見た。円華さんはまだ眠っているらしくとても綺麗な寝顔が俺を出迎えた。……思えば、こんな風に円華さんを近くで見つめるのは初めてだったかな。
「……本当に綺麗な人だよなぁ円華さん」
ついボソッと声が漏れて出た。
これで円華さんが起きていたら完全に聞こえていただろうけど、幸いにも円華さんは眠っているしその心配はない。
「っ……千夏くぅん……♪」
「んなっ!?」
眠っていると油断していると、円華さんが俺の名前を呟きながら背中に腕を回してきたのだ。昨日されとのと同じように、こうすることで円華さんは俺を逃がさないと言わんばかりにギュッと抱きしめてくる。
「……えへへ~……ふみゅぅ」
「……可愛すぎかよ」
俺よりも三つ上なのに、今の表情はまるで年下の子みたいに可愛らしい。いや、普段も凄く可愛い人なんだけど今だけは限界を知らない愛らしさを感じさせる。
「……あ」
ふと目の前に来た円華さんの唇に視線が釘付けになった。
ぷっくらとした綺麗な唇、そこから漏れる吐息を鼻先に感じた。少しでも顔を前に出せばその唇に触れてしまうそんな距離、俺は……ぐぅ!
「……はふぅ」
少し顔を下に向けて、俺は円華さんの胸に飛び込んだ。
飛び込んだとは言ってもゆっくりと額が触れる程度だ。しかし、そうした瞬間に後頭部に手が回ってそのまま強く胸に顔を埋められた。かと思えば円華さんの足まで絡みついてきた。
「円華さん……?」
「……………」
寝てる……よな?
まるで抱き枕のようにされてしまったわけだが、なんかもう人生における幸福の全てを今この瞬間に使い切っているような感覚に陥る。
「……よし、少しなら……いいかな?」
そう呟いた俺は、思い切って円華さんの背中に片手を回した。そのまま俺も思いっきり抱きしめるようにして身を寄せた。ベッドの上というのはとても落ち着く場所だというのはあるだろうし、こうやって円華さんの存在を求めるのも凄く良い。
「……あぁ落ち着くな」
眠っている円華さんの胸にこうやって顔を擦り付けるのはいけないことかもしれないが、この温もりと柔らかさと香りを知ってしまったら本当に離れられない魔力が宿っているかのようだった。
「円華さん……俺……俺は……っ」
あなたとずっと一緒に居たい……円華さんに比べれば高校生のガキですけど、そう思うのはダメなのかな。あんな出来事があって俺は円華さんとここまで親しくなれたけど、それ以上を求めるのはいけないこと……なのかな。
そんな風に俺が考えている時だった、円華さんがやっと目を覚ました。
「千夏君」
「……円華さん?」
頭の上から聞こえてきたその声に俺は意識をすぐに持って行かれた。とはいえ、今の俺は円華さんに抱きしめられているとはいっても胸に顔を埋めている状態だ。これはマズイ状況……。
「ふふ、朝から千夏君とこうして居られるなんて幸せね。ほうら千夏君、お母さんのおっぱいですよぉ?」
「……寝ぼけてます?」
「う~ん? 寝ぼけてないわよ~♪」
どうやら今円華さんの頭の中で俺は赤ちゃんになっているらしい。二十歳の女性との赤ちゃんプレイ? なんだそのエッチな響きは……流石に恥ずかしいので仮に提案されても辞退しそうだけど。
「本当に寝ぼけてないわ。おはよう千夏君」
「あ……はい。おはようございます円華さん」
それなら良かったけど……それでも背中に回った腕と絡みつく足は離してくれなかった。
「まだ時間はあるしもう少しこうしていましょうか」
「……いいんですか?」
「そうして欲しいんじゃないの?」
「っ……」
見透かされているように見つめられたので俺は視線を下に向けた。
円華さんはクスクスと笑いながら相変わらず俺を抱きしめたまま、何を思ったのか掛け布団を頭の上からバッサリと被るようにするのだった。
「暗いわね。それにお互いの息遣いまで鮮明に聞こえて……ドキドキする?」
「……しますよそりゃ」
「そうよね。私もしてる……ねえ千夏君、このまま――」
その瞬間、ジリリンと目覚ましの音が響き渡った。
「……もう!」
「……はぁ」
ぷくっと顔を膨らませた円華さんが目覚ましを止め、俺はそんな円華さんを見て安心したのか残念だったのかどちらとも分からないため息を零した。
それから俺たちは体を起こしたのだが、円華さんがこんな提案をするのだった。
「ねえ千夏君、今日はお寿司でも食べに行きましょうか」
「寿司……ですか?」
「えぇ。どう?」
「円華さんとなら全然どこでも大丈夫です」
「あら……っ……嬉しいこと言ってくれるわね!」
こうして円華さんと外食をすることが決まった。
それが今からとても楽しみだけど……学校であまりニヤニヤしていたら白雪と涼真にまた何か言われてしまいそうだ。我慢しろよ千夏!
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