また、甘えたい

 白雪と涼真が見舞いに来てくれた夜のことだ。

 一日休んだおかげで元の体調を取り戻すことが出来た。帰り際に二人に言われたけどあまり興奮しすぎて熱をぶり返さないようにとのことだ。


「ふふ、興奮しすぎないようにですって」

「……………」


 返す言葉もない。

 結局あの時、円華さんの圧倒的なボリュームと柔らかさを顔面に感じていた俺はそれはもう顔が赤かった。


「それにしても聞いたわよ白雪さんに」

「何をですか?」


 そう聞くと、円華さんはグッと体を近づけた。

 綺麗な黒髪が揺れて頬に当たり少しくすぐったかったが、それ以上に円華さんから漂う甘い香りが気になってしまう。


「おっぱいが大きくて美人で優しいお姉さん、そう言ってたって」

「っ~~~~~!!」


 白雪の奴そこまで言ったのか!?

 美人で優しいお姉さんは全然良いけどおっぱいが大きいってのは本人に伝えたらダメな奴だろうが! しかも前につい大きいなって口走ってエッチって言われたのにあいつはもう!!


「白雪さんに言われて恥ずかしかったなぁ……」

「ご、ごめんなさい……」


 つい下を向いてしまった。

 そんな俺を見て円華さんは別に怒ってないからと笑っていた。取り合えず気分を害していないなら良かった。さて、二人が帰った後で時刻も夕方だ。早く風呂の用意をしないといけないな。


「円華さん、本当に今日はありがとうございました」

「? ううんそれはいいけど……」


 ……?

 どうして円華さんは首を傾げたんだろうか。何も変なことは言ってないよな? ちょっと不安になったけど絶対に変なことは言ってないはずだ。


「円華さん、俺これからお風呂の準備をするんですけど」

「手伝わなくても大丈夫?」

「大丈夫です! もうこの通り全快なので!!」


 俺は思いっきりマッスルポーズを取って元気をアピールした。それなら良かったと言って円華さんは少し用があるのか一旦部屋に戻った。あの様子だとまた戻って来るみたいだけど……取り合えず風呂の用意を済ませてしまおう。


「……よしっと」


 風呂の準備を済ませて戻ると円華さんが戻ってきていた。


「あ、ただいま千夏君」

「……おかえりなさい」


 あ、このやり取り最高に良いかも。


「それじゃあ千夏君、お風呂に入りましょうか♪」

「あ、はい……うん?」


 つい頷いてしまったけど今円華さんは何と言った? この時、俺はちゃんと聞き返していれば良かったんだ。笑顔の円華さんに促されるように、俺は風呂場に向かったのだ……円華さんと一緒に。


「あの……円華さん?」

「どうしたの……ってもしかして千夏君、今更帰れって言うの? 私、今日はもうずっと千夏君の面倒を見るって決めてるんだから♪」

「……お風呂もですか?」

「もちろんじゃない。ふふ、もう逃げられないわよ~?」


 俺の前で円華さんは服を脱ぎだした。

 当然俺はサッと視線を逸らすしかない。しゅるしゅると服を脱ぐ音が聞こえ、バサッと何かが落ちる音が聞こえた。


「大丈夫よ千夏君、私に全部任せてくれればいいの。年上のお姉ちゃんに身を任せるように、ほら……服を脱いで?」


 その甘い声に俺は言われるがままに服を脱いだ。こうなった以上俺も自棄になっていた部分はある。それに……やっぱり憧れの円華さんとお風呂はかなりドキドキしてワクワクもしていた。


「……っと、ちゃんと置いておかないと」

「うん?」


 黒いレース下着という何ともエッチすぎる姿になった円華さんは自分の胸の谷間に指を入れて何かを取り出した。それは銀色の鍵で……間違いなく俺が円華さんに渡した合鍵だった。


「無くさないようにここに仕舞っておいたのよ」

「……………」


 ごめんなさい、今のはジッと見てしまった。

 体にタオルを巻いた円華さんに背中を押されて浴室へ……おかしい、ここは一応俺の部屋のはずなのに円華さんに全部成すがままだ。


「シャンプーとか私が使うものを持ってきたのよ。いい香りだし、これで気に入ったら千夏君に紹介してあげる」

「あい……」


 もう返事を返すのもやっとだった。

 浴室に入ると浴槽台に座らせられ、シャワーを出して温度を円華さんが確かめる。そして頭を流してもらった後、背中も流してもらった。


「どう?」

「気持ち良いです」

「良かったわ♪」


 ……マズいな、頭がフワフワしてきた。というか何も考えられないくらいに緊張している。まさか円華さんがこんなことまでしてくれるとは思わず、嬉しさと困惑が半分半分だった。

 ……まさか円華さんは、なんてことを想像してあり得ないだろうと否定する。そんな風に心の中で葛藤している時だった――円華さんが手を止めた。


「……この背中が白雪さんを守ったのね。本当に大きな背中だわ」

「あ……もしかして聞きました?」

「えぇ。白雪さん、当時は本当に自分を許せなかったって言ってたわ」


 そこまで白雪は話したのか。

 確かにあの出来事から数日白雪は本当に元気がなかった。俺としては女子の中でも特に騒がしいほどの絡みがあった友人だったので、申し訳なく思うくらいなら今までと同じように接してくれと頼んだのである。


「千夏君に救われたって、そう言ってたのよ」

「救ったって……俺はそんな大層なことは――」

「謙遜は良くないわよ」


 ギュッと、背中から円華さんが抱き着いてきた。腋の下を円華さんの両手が通ってお腹に回ることで、背中に感じる柔らかいモノ当たっていた。タオルを巻いているとはいえ、その感触はダイレクトに伝わって来た。


「千夏君は私もそうだし白雪さんのこともそう、あなたは救ってるのよ。その手で、その背中で守るように。間違いなくその人を救っている……だから大層なことはしていないとか言わないで」

「……円華さん」

「う~ん、千夏君は一度自分が成したことを自覚するべきかしら。ここに一人、あなたが救ったことで価値観をこれでもかと変えられた女が居るというのに……え?」

「どうしましたか?」


 いきなり円華さんの手が俺の鼻に伸びて少し触れた。どうしたのかと思っていると目の前に真っ赤な液体が見えた。


「千夏君、鼻血出てるわよ」

「……はい!?」


 確かにさっきから鼻のてっぺんが熱いと思っていたけど……いや、普通に考えてこうなるでしょうよこんなシチュエーションならさ! 取り合えず、俺はその後すぐにお風呂を出た。流石に鼻血が出たのなら……仕方ないしね? でも、ちょっと残念だったのは思春期故だからだろうか。


 それからお風呂から出てきた円華さんの姿にとてつもない色気を感じながらも、夕飯はこっちに来て欲しいと言われて移動した。昨日と同じく、円華さんの手料理を御馳走になり大変満足だ。


「……もう一生食べていたい」

「あら♪」


 そんな呟きも聞かれてしまい、満更でもなさそうな笑顔に俺は見惚れていた。それから一緒に食器を洗い終え、もう少しお話でもしようと言った円華さんの提案に頷きソファで隣り合わせに座っていた。


「千夏君、本当にもう風邪の方は大丈夫そう?」

「はい……きっと大丈夫だと思います。でも、俺としては円華さんに移ったりしてないか不安ですけど」

「ふふ、確かにかなり距離は近かったものね」


 一緒に風呂にも入ってしまったしな……。

 思い出すだけで体が熱を持ち大変なことになってしまうが、あのことは一人の時に思い出して盛大にニヤニヤすることにしよう。


「さてと、それじゃあ……」

「そうね……これ以上はまたの機会にしましょう」

「これ以上?」

「うふふ~♪」


 それから俺は玄関に向かい、改めて円華さんに向き直った。


「円華さん、本当に今日はありがとうございました」

「いいのよ。私がやりたくてやったことなんだから」

「……っ」


 円華さんの優しさに思わず涙が出そうになったのと同時に、俺はやっぱりこの人が大好きなんだなと改めて実感した。つい好きですと、勢いに任せて言いそうになってしまったけど……円華さんは俺のことをどう思っているのだろうか。


「千夏君」

「はい」


 部屋から出る直前、円華さんが耳元に顔を寄せてきた。


「今日言ったこと、忘れないでね? あなたには頼れる人が居ることを、甘えられる人が居ることを覚えておいて」

「あ……」

「いつでも甘えていいのよ? その度に私が千夏君を包んであげるから、いつでもどこでもあなたをこうやって」


 そう言って円華さんは俺を抱きしめた。

 ……こうやって抱きしめられるたびに思う。胸の中に溢れる嬉しさとは別に、段々と円華さんから離れたくない気持ちが止めどなく……止めどなく溢れてくる。


「……また、甘えたいです」


 自然と出たその言葉に円華さんはクスッと笑った。

 その笑みにどこか違和感を感じながらも、俺は円華さんから与えられる温もりと柔らかさをしばらく感じるのだった。 

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