円華と白雪

「……お前、良く寝れるなぁ」


 ベッドの上で何やら良い夢を見ているのか、気の抜けたアホ面を晒して千夏は眠っていた。そんな千夏を眺めながら涼真はため息を吐き、リビングに残してきた二人のことを考えていた。


「なるほどな。確かにお前が言ったように胸が大きくて美人だった」


 それが涼真の円華に対する第一印象だった。

 今日風邪で休んだことは担任から知らされており、それを知った段階で放課後にお見舞いに行こうと白雪と話をしていた。そしていざ千夏の部屋に来たら出てきたのが今までに見たことがない女性だったため、二人はそれはもう驚いた。


『こんにちは。あなたたちは千夏君の同級生の子?』


 とても優しい声で話す女性だなと涼真はまず感じ、この女性が千夏が言っていた女性だともすぐに分かった。涼真はすぐに挨拶を返したが、白雪は少し固まっていたもののすぐに敵意をむき出しにするようにして睨みつけていたが。


『……涼真、なっちゃんの部屋に行ってて。寝てたら起こさないように静かに』

『あいよ』


 勝手知ったる千夏の部屋だからこそ、涼真は円華の横を通ってそのまま千夏の部屋に向かった。敵意を剥き出しにしているとは言ったが、白雪も円華が千夏の言っていた女性というのは分かっているだろうし、変なことは言わないだろうと思っているがやっぱり少し不安でもあった。


「女性って怖いもんな。俺も白雪に良く怒られる……ことはないけど、実際にキレた時はやべえからな」


 出来れば自然に早く起きてくれ、そんなことを祈りながら涼真はスマホを片手に時間を潰すのだった。




 さて、そんな風に涼真が困り果てている頃のことだ。

 リビングにて二人の女性が向き合っている。千夏が憧れるお隣さんの円華、そして彼の友人の一人でもある白雪だ。


「……………」

「……………」


 円華と白雪、互いに何も話さないが決して視線は逸らさない。

 とはいえ別にお互い敵意を抱いているわけではなく、さっきの白雪の視線も敵意ではなく警戒みたいなものだ。千夏に近づく存在が彼に害を与える存在か否か、それを確かめるために気を抜けなかった。


「……………」


 円華が体勢を変えるように腕を組んだ。

 重たそうな巨大な二つの胸を持ち上げるようにしたことで、ぷるんと服の上からでも分かる巨大な胸が揺れた。それを見てから自分の胸に視線を移すと、真っ平とは言わないまでも小ぶりなのは確かなので圧倒的な敗北を味わってしまう。


「……ほんと、なっちゃんが言ったように大きいですね」

「あら、千夏君が言ってたの?」

「はい。おっぱいが大きくて美人で優しいお姉さんがって言ってました」

「……うふふ♪」


 馬鹿正直に伝えれば引くかもと思ったが、円華は今の言葉に心から嬉しそうに笑みを浮かべた。そう言われたことが誇らしいような、本当に幸せそうに笑ったのだ。その微笑みを見て白雪は……完全に警戒を解いた。


「……なんていうか、なっちゃんらしいです。年上の包容力あるお姉さんに惹かれるところが」

「なっちゃん……ふふ、可愛い呼び方ね」

「はい。なっちゃんは嫌がってますけど……だってなっちゃん可愛くないですか?」

「可愛いわね凄く。それにとても甘やかしたい、甘えてもらえると嬉しくなるの」

「……円華さん、良い人です」

「ありがとう白雪さん。白雪さんも良い子だわ」


 千夏は可愛い、そこで完全に二人の中で何かが繋がった。

 円華にとって千夏が大切な存在なのは間違いないが、白雪にとってもそれは同じことだった。円華がどうしてここまで千夏のことを気に掛けているのかその理由は知らないが、白雪にも当然千夏を気に掛ける理由があった。


「円華さん、なっちゃんは私にとってとても大切な友人です。男女間の友情が成立するのは珍しいことかもしれないですけど、そういう意味では親友とも言えるかもしれません」

「……みたいね。こうやって話してるだけで良く伝わってくるもの」

「そうですよね!」


 女友達にはあまり共感されないが、円華に肯定されたことが白雪は嬉しかった。

 白雪は一旦瞳を閉じて深呼吸をし、そして話し出した。過去にあった出来事、千夏が助けてくれたことを。


「ちょうど半年くらい前なんですけど、私街中で柄の悪い男の人に声を掛けられて連れて行かれそうになったことがあるんです」

「……そうなの?」

「はい」


 白雪は話し出した。

 半年くらい前のこと、まだ涼真と付き合ってしばらくした頃のことだった。一人街中を歩いていた時にチャラチャラした男性に声を掛けられ、逃げようと思ったが腕を掴まれてしまい逃げられそうになかった。


『やめろおおおおおおおおっ!!』

『なっちゃん!!』


 そんな時に助けてくれたのが千夏だった。

 男を振り払って白雪を助けてくれたが……問題はその後だった。逆上した男が置かれていたゴミ箱を持って振り上げたのだ。恐怖で動けなかった白雪の前にその大きな背中で立ちはだかり、千夏は男が振り下ろしたそれを頭で受けた。


 もちろん、ここまでのことをされれば騒ぎになるのは当然で……男はすぐに取り押さえられることになった。


『っ……いってえ……大丈夫か白雪』

『う、うん……なっちゃ……っ!?』


 頭から血を流した姿に白雪は真っ青になったのを覚えている。痛そうに頭を押さえていた姿に、こうさせてしまったのが自分だと白雪は責めたのだ。


「……そんなことがあったのね」

「はい。それでなっちゃんに凄く申し訳なくて……涼真に慰められましたけど私は自分が許せなくて」


 涼真と白雪、中々煮え切らない二人を繋いだのも千夏みたいな部分はあった。だから大きな恩を感じた中での出来事だったこともあり、本当に白雪は千夏に対いて申し訳なさがあったのだ。


「……でも、そんな私になっちゃんがこう言ったんです。『俺は白雪のことを親友だと思ってる。女子の中で一番仲が良い奴だぞ? そんなの助けるに決まってんだからそんな顔しないでくれ。でもそうだなぁ、少しでも申し訳なさを感じてるならそれを気にせずにこれからも仲の良い親友で居てくれよ。それでいいから』……って」


 色気のない話だが、あの出来事を経ても白雪には涼真というパートナーがいたため千夏に惹かれることはなかった。だがその出来事とその言葉が影響し、千夏のことはどこまでも大切にする親友だと白雪の心に刻まれたのだ。


「それで私、自分に出来ることでなっちゃんの力になりたいと思ったんです。涼真も賛成してくれて、普通なら嫌な顔をしそうなのに私のことだからって受け入れてくれたんです。だからその……ちょっとなっちゃんのことに関しては恋愛的な意味ではないですけど敏感になってるんです」

「……それが私を警戒していた理由なのね」

「そうですね。もしもなっちゃんを困らせたり、何か企んでるようでしたら何が何でもあなたをなっちゃんから引き離すつもりでした」


 何も隠すことなく正直に白雪はそう伝えた。だがまあ、既にその感情はなくある種のシンパシーを感じたことで警戒心はなくなっている。もう白雪は本能から円華を信頼していた。


「円華さん、私はあなたを信頼します。なっちゃんのこと、どうか見守ってあげて欲しいんです」

「分かってるわ。ドロドロに溶かして甘やかせる、そう決めてるから」

「……あはは、ちょっとオーバー過ぎる気がしないでもないですが」

「そうかしら……でもそれくらい気持ちは強い方が良くない?」


 何もおかしいことを言ってないという表情の円華に白雪は苦笑した。けれど円華なら千夏のことを色んな意味で包んでくれるだろうと確信した。


「円華さんは良い人です」

「白雪さんも良い子よ」


 さっきもしたやり取りをして二人は笑い合った。

 本気の想いで千夏を包みたい円華と、本気の友情で守りたい白雪……こうして二人は出会い意気投合した。


 そんな話が終わってすぐに、ようやく本命の彼が目を覚ました。


「……白雪まで居るのかぁ」

「あ、なっちゃん!」


 完全に調子を取り戻した様子の千夏が涼真と共に現れた。

 千夏の元気な姿に白雪が駆け寄ろうとしたが、それよりも早くに円華が千夏の元に駆けよって彼を優しく抱きしめた。白雪よりも圧倒的、それこそ比べることすら烏滸がましい至高の膨らみに千夏を招き入れた。


「もう大丈夫そう?」

「あ、はい……その円華さん……二人の前ですし」

「いいじゃないの。白雪さんとは良きお友達になったし」

「……え?」


 一体何を話したんだ、そんな疑問を浮かべた千夏だった。


 それからしばらく、千夏は友人二人の前で円華の谷間に顔を埋めてその香りを嗅ぐという天国と地獄を味わったのだった。

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