第四話 回想 ~ 私の夢 ~
「麻世! 頼むから出てきてくれ。話し合おう。もう一度」
「話し合うって何を? 聞く気もないくせに!!」
その瞬間、ドアにガスン!! と何かがぶつかった音がして両親は慌てて飛びのいた。
「麻世! やめなさい!!」
またドアに物を投げつけたようだった。するとそのとき、風呂から戻ってきた氷樹がやってきた。
「どうしたんだ?」
「麻世が……」
「何があったんだ?」
「色々――難しい話があってな……」
「……」
氷樹は麻世の部屋のドアを見た。ノブを回そうとしても当然ロックされている。
「なんでこんな事に……」
「麻世が別の中学校に行きたいって話したんだ」
「何だって?」
「ただ、それだけじゃなくてな……」
氷樹はかつての麻世と両親の口論を思い出した。一昨年くらいにもこんなことがあった。
けれども麻世は最近情緒不安定なきらいがあった。また、今回は長年鬱積していた物がついに爆発したのかもしれない。
「……」
するとそのとき、麻世の部屋のドアのロックが解かれる音がした。そしてゆっくりとドアが開いた。
「……ごめんなさい」
麻世はか細い声で言った。
「私――馬鹿なことした」
「麻世……」
「お、お父さん……お母さん……ごめんなさい――私ったらなんてことを……こ、こんなことするつもり……じゃ……なかったのに――」
麻世はひどく動揺したように声を震わせながら言った。
「ご――ごめんなさい――」
そう言うと麻世はその場で泣き崩れた。
「麻世――」
両親はかがんで麻世を起こそうとした。
「ごめんなさい――」
「麻世、顔を上げて――」
「だって――」
「いいんだよ、わかってる。お父さんもお母さんもわかってるから……」
父親が優しく言った。
「でも――」
「いいから、ほら」
父親は麻世の顔を上げさせた。涙でくしゃくしゃになった娘の顔を見る。すると胸に痛みが走り、麻世を抱きしめた。
「……すまない」
父親が目を閉じながら言った。
「麻世の気持ちをわかってやれなかった」
「……」
「本当にすまない……寂しい思いをさせてしまったんだな」
麻世は父親の腕の中で小さく首を振った。そして父親はそっと麻世を離すと、言った。
「……わかった。麻世、お前の思うとおりになさい」
「え……?」
すると母親も、
「ええ……麻世。お父さんもお母さんも、麻世のことをもう少し考えてあげるべきだったわ」
「明日の三者面談で、先生に説明しよう」
「お父さん!」
麻世は父親に抱きついた。
「本当にいいの? 私、やっぱり今の学校でもいい――お父さんとお母さんがいうなら」
「いいんだよ、麻世。今度は麻世の意志で、学校を決めよう」
「お父さん――」
「そうとなれば塾のことも考えないとな」
「そうね」
「ありがとう! お父さん! お母さん!」
麻世は両親に抱きついた。
「わかったわかった。ほら、氷樹があがったからお風呂入ってきなさい」
「……うん!」
麻世はそう言うと部屋に戻った。両親も互いに顔を見合わせて頷いた。
今にして思えば、麻世の小学校受験も自分たちの理想の押し付けだったのかもしれない――麻世は小さいころから勉強ばかりで自分のやりたいこともできなかったのだ。
けれども麻世は賢い子で、あの名門である紹蓮女子において成績は上位を維持しており、今の学校に入れさせて良かったと思っていた。
「……麻世のことをもう少し考えてやるべきだったな」
「ええ、あの子はとっても頑張ってきたわ。成績もすごく良くて……」
「ああ。麻世はずっと期待に応えてきてくれた。今度は俺達が麻世の期待に応えてあげないとな」
「そうね」
母親は微笑んで言った。
◇ ◇ ◇
「……」
麻世は部屋のドアを背に、しばらく瞳を閉じたままじっとしていた。
そして、両親たちがいなくなったことを確信してから、目を開けた。
「……フフッ」
麻世の口元に勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
――ちょっとお芝居をすればこんなもんよね
今までのやりとり全てが麻世の芝居だった。怒ったのも泣いたのも、嬉しそうな表情をしたのも、そして、少し前から情緒不安定なふりをしていたのも――彼女は全てを計算しつくしていた。こうすればきっと両親は折れる――そう踏んでいた。
「ウフフッ……フフフフ……」
麻世は一人、勝ち誇った様に笑いをこらえきれずにいた。
これで――これで正々堂々とお兄ちゃんの選ぶ高校のそばにある学校を選ぶことができる――麻世はそう考えると大きな優越感と達成感を感じていた。
お兄ちゃんと一緒になるためなら何だって利用してやるのだ――
◇ ◇ ◇
(……)
過去を思い出し、麻世は今この瞬間を実現することが全てだったと思った。昔から氷樹と一緒に学校へ行くという野望をずっと胸に秘めていたのだ。
(これで私の夢が叶う――)
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