第二話 自己紹介

 入学式式典が終わると氷樹たちは教室に戻った。そして、担任が挨拶した。


「みなさん、入学おめでとう。私はここのクラスの担任の徳田といいます。担当教科は物理です。よろしく。じゃ、早速自己紹介といこうか。出席番号1番の天女目あまのめ、いいかな?」

「あっ、はい――」


 天女目と呼ばれた先頭の席に着いている女の子が少し慌てたように答えた。


「じゃ、出身中学や部活などなんでもいいからどうぞ。前の席の人はみんなに見えるように後ろ向いてな」

「はい――えっと、紅蘭こうらん女子中学から来ました、天女目翠妃さつきといいます。中学のとき部活は華道部に入っていました。よ、よろしくお願いします――」


 緊張気味に彼女は頭を下げて言った。そして自己紹介が続き、氷樹の番になった。


「桐原氷樹です。希望ヶ丘の北嶺第一中学から来ました。部活はサッカー部に入っていました」


 氷樹は必要最小限の言葉で挨拶をした。

 続いてかえでの番になった。


「希望ヶ丘の北嶺第一中学校から来ました、白峰かえでといいます。中学のときは音楽部に入っていました。みなさんよろしくおねがいします」


 かえでの淀みない口調と清楚な感じは男子たちの興味を一層に惹いた。

 一通り自己紹介が終わると担任がまた話し始めた。


「えーっと、これで自己紹介はとりあえず全員、と言いたいところだが、実は一人だけまだ来ていない生徒がいる。名簿を見てわかる通り女子がもう一人いるんだが、どうやら海外にいるらしく、交通の事情で来られなくなっているらしい。なのでその時にまた自己紹介してもらうことにする」


 氷樹は名簿を見ると、「牧田恵花」という名前を見つけた。確かに席も空いている。


「これから一年間、このクラスでやっていく。まぁ男子たちはラッキーだったな、女子のいるクラスで。隣は野郎しかいないからな」


 担任が隣のもう一つの理数科のクラスの方を指して言うと笑いが起こった。


「レディファーストだから男子たち諸君は女子たちに対して失礼のないように。理数科二クラスで六人しかいないんだからな」


 そしてプリント類などが配られた。


「えーっと、このクラスと隣のⅠ組は理数科だから、当然理科と数学を重点的に授業がある。まぁみんなそれが得意だからこの理数科に入学したんだよな。逆に言えば周りは自分と同じ理数系が強い生徒だから気は抜けないぞ。それと、早速だが明後日に学年全体の実力テストがある。まぁ入学最初の学力を見るという感じのテストだ。内容は中学三年間の物だから受験直後のみんななら大丈夫だろう」


 今後のスケジュールなどが説明された。


「ホームルームは以上。学級委員などは明日決めたいと思う。立候補したい人は考えておいてくれ。いなければくじで抽選な」


 解散となり、氷樹は帰る支度をした。しかし両親や麻世がこちらに来るのでそれまで待つことにした。

 祐輔がカバンを持って席を立つ。


「氷樹は親とかは一緒じゃないのか?」

「妹の学校に行っている」

「あっ、そうか。霧ヶ谷だもんな。さすが紹蓮女子出身」


 するとかえでもやってきた。


「桐原くん、妹さんがいるの?」

「ああ。今年中一」

「そうなの。国立の霧ヶ谷? すごいわね」

「けど白峰だって紹蓮女子に受かったんだろ? どうしてこの学校に来たの?」


 祐輔が不思議そうに訊いた。この学校の理数科は偏差値が高い方とはいえ、全国一位の紹蓮女子と比べればその差は明らかだ。


「ええ……色々考えて、この学校に行きたい、って思ったから」

「そうなのか。俺が白峰と同じ学校というだけでなんか不思議な感じがするよ」


 祐輔は肩をすくめて言った。


「そういや氷樹、部活どうする? サッカー見学しに行くか?」

「いや――わからない。入部するかどうかも……ただ、撞球どうきゅう部というのがこの学校にあるらしい」

「ドーキュー部?」

「ビリヤードだ」

「そういえば氷樹ビリヤード超上手いもんな。プロ級並みに」

「桐原くん、ビリヤードやるんだ」

「ああ」


 すると祐輔は両親から電話がかかってきたのか「呼ばれてる、そろそろ行くわ」と言って教室を出ていった。かえでも「私もそろそろ行くわね」と言って別れた。

 氷樹は両親たちがこちらにやってくるのを待つ間、もらったプリントなどに目を通していると近くに誰かがやってくるのを感じた。


「あ、あの――」


 氷樹が顔を上げると、さっき一番最初に自己紹介をしていた翠妃が立っていた。


「えっと――いまちょっと聞こえたので……」


 翠妃は少ししどろもどろになりながら言った。


「ビリヤード……撞球部に入るんですか?」

「ああ……まだ決めてはいないが、見学をしてみようと思っている」

「そうなんですか――その……私もビリヤードやるんです」


 翠妃はかけている眼鏡を手で直しながら言った。


「そうなのか。女子でビリヤードの経験があるのも珍しいな。じゃあ撞球部に入るのか?」

「ええ、多分――そ、そういえばさっきお話ししていた……白峰、さんとはお知り合いだったんですか?」

「中学が同じだった。ただ、同じクラスになったことはない」

「そ、そうだったんですか……私、てっきり……」


 翠妃は何かもごもごと言うとハッとして「あ、えっと、なんでもないです」と慌てて言った。

 氷樹は少し変わってる女だな、と思った。見かけは本が好きそうなお嬢様という感じなのに、中身は色々と違う、そう思った。少しおどおどした感じで、あまり目を合せられないのか、視線があちこちに泳いでいた。


「えっと――じゃあ白峰さんもビリヤードやるんですか?」

「いや、彼女は別に」

「そうなんですか。その……き、桐原くんはビリヤードの経験はどのくらいなんですか?」

「結構昔からやってるな」

「そうなんですか――私も小さいころからやってるんです」

「そうなのか。じゃあ結構打てるんだな」

「そ、そうですね。あ、いえ――別に自分で上手いとか思っているわけじゃなくて――」


 翠妃はまたあたふたしながら言った。


「ところで、お前は大丈夫なのか?」

「えっ?」

「親が待っているんじゃないのか?」

「あ――そうだ! いけない、せっかく来てくれたのに――」


 翠妃は思い出したかのように言った。


「えーっと――えっと……その、またもし良かったら、よろしければ、またお話して下さい」

「ああ……」


 氷樹がそう言うと翠妃は顔を真っ赤にした。


「じゃ、じゃあ失礼します」


 翠妃は逃げるようにして教室を出て行った。


「……」


 本当に変わった女だ、と氷樹は思った。ただ、高校入学初日に女子と話をしている自分に驚いていた。

 女子とまともに相手をして会話をすること自体これまでほとんどなかった。自分の周りで騒ぎ立てる女子は大嫌いだったし、興味もなかった。

 麻矢の存在といい、本当に自分の中で何かが変わりつつある――

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