第一話 入学

 この日は朝から慌しかった。氷樹と麻世、二人とも入学式である。


「わあ、お兄ちゃんかっこいいね!」


 星蹟学院高の制服を来た氷樹を見て、麻世が言った。

 一方、麻世の入学する霧ヶ谷は制服のない私服の中学だったが、入学式ということで特別な服だった。


「氷樹、麻世、庭で記念撮影するぞ」


 父親が二人を呼んだ。


「二人ともならんで」


 氷樹と麻世がならんで立ち、父親が何度か撮影した。


「よし、お母さんも来て」


 家族四人揃ってカメラに収まった。

 そしてそろそろ家を出ることにした。


「よし、忘れ物はないな」


 父親がそう言うと車を発進させた。


「二人とも学校が近く同士でよかったよ。両方とも行けるしな」

「俺の方は別にいい」

「記念撮影くらいしたいからな。麻世の方が終わったらすぐに向かうぞ」


 やがて麻世の学校の前に到着すると、氷樹だけ先に降りた。氷樹の学校は更にこの先にある。


「じゃ、後でな」

「ああ」


 氷樹はそこから歩いて学校に向かう。周りには霧ヶ谷の生徒に交じって自分と同じ、星蹟学院の入学式に出る生徒がたくさんいた。


「……」


 これから通学路となるであろう並木道を見て、氷樹は改めて感じた。

 中学時代のような無気力な学校生活も少しは変わるかもしれない――そんな予感がしていた。



 ◇ ◇ ◇



 氷樹たちが家を出るころ、麻矢の家でも忙しくしていた。


「麻矢、写真撮るから」

「うん」


 麻矢は父親に言われ、新しい制服を着て庭に出た。


「なんだか制服って慣れないなあ」

「ほら、そこに立って」


 父親がカメラを構えて撮影した。


「そんなに何枚も撮る必要ないよ」

「麻矢の晴れ姿だからな」


 そして撮影を終えて出発することにした。


「緊張しちゃうなあ」

「最初はみんな誰でもそうよ。早く慣れるといいわね」


 麻矢の母親が言った。


「うん」


 麻矢は麻世や氷樹もそろそろ入学式に向かっているところかなと思った。


(……学校で先輩と会えるかもしれない)


 そう考えるとなんだか胸がドキドキしてきた。これまでは何となく遠くから見かける憧れの人だったけど、この間実際にしゃべっている間、胸の高鳴りがおさまらなかった。

 ほとんど一目惚れに近い状態だ。


(も、もしかしたら学校に行く途中で一緒に――なあんて)


 麻矢は一人でそんなことを妄想していた。



 ◇ ◇ ◇



 氷樹は高校の校舎の玄関口のところにやってくると、名簿のボードが設置されているのを見た。すると後ろの方から声がした。


「氷樹!」


 振り返ると祐輔だった。自分と同じく今日からこの学校に通う。


「木下」

「一緒のクラスになったな」

「そうなのか?」

「二クラスしかないからな」


 氷樹は新クラスの書かれているボードを見る。すると自分の名前と、その上に祐輔の名前があった。

 氷樹たちは理数科で二クラスしかなく、そしてほとんどが男子だった。女子は氷樹たちのクラスに六人いるだけだった。


「あとよく見ろよ、白峰しらみねがいる」

「白峰――」

「白峰がこの学校を受験したって聞いたけど、ある意味ラッキーかも」

「……」

「なんでこの学校を選んだのかはわからないけどな。だって、紹蓮女子に受かった、って話じゃないか」

「俺は何も知らない」


 クラス名簿を見ると確かに「白峰かえで」という名前があった。彼女は氷樹たちと同じ中学校出身で、学年で一番の成績を保っていた女子だった。容姿もお嬢様のようで非常に男子に人気のある女の子だった。

 氷樹たちは自分たちのクラスである一年H組の教室に向かった。途中、何人かの女の子が振り向いて氷樹を見ていた。

 H組の教室の中に入ると半分程度の生徒がすでに来ていて、一部は友達同士なのか、しゃべっている者もいる。

 氷樹は黒板に書いてある通りの席に着いた。机の上にはクラス名簿があり、「桐原氷樹」の部分に蛍光ペンでマークされていた。


「やっぱり野郎ばっかだな」


 氷樹の前の席の祐輔が振り向いて言う。

 すると、長い髪をした一人の女の子が入ってきた。清楚な感じがした美少女、という印象だった。


「白峰だ」


 祐輔がそっと言うと立ち上がって彼女の元に行った。


「白峰、本当に同じ学校だったんだな」

「木下くん。それに、桐原くんよね?」


 かえでが氷樹の姿を見つけて氷樹の元へやってきた。


「よろしくね」

「ああ――」


 実質的にこれが氷樹とかえでとのファーストコンタクトだった。お互いに学年ではよく噂されていたので互いの名前と顔は知っていた。ただ、氷樹は特に興味は持っていなかったが、かえでは氷樹がどんな人なのだろうという興味は持っていた。

 また、初対面で二人が会話を始めたことから、他のクラスメートたちは美男美女の組み合わせか、と早くも心の中でため息をついている生徒もいた。

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