さよならビーナス
僕の通っていた高校で、彼女は高嶺の花だった。僕の同級生は皆彼女に夢中だった。誰が彼女と付き合えるのか、競争みたいなことをしていた。学校で1番の美少女だった。僕らは彼女について、何度なんて可愛らしいのだ、と思ったことだろう。
彼女がこの世に存在しているという事実は、僕には奇跡のように思えた。この世は美しい!彼女がいるだけでそう思えた。
彼女のその艶やかな黒く長い髪を見ると、彼女のその細くすらりとした手足を見ると、彼女のその小さく膨らんだ胸元を見ると、僕の心は震えた。僕は何度彼女とデートをする空想をしたことか。
だから彼女が転校し、その転校先で亡くなったと言うことを聞いた時、僕は絶望した。
彼女が死んだ?僕は怒りさえ覚えた。なぜ彼女が死ななくてはならないのだ。よりによってなぜ彼女が死ぬ?僕は怒りで目の前が真っ白になり、一度救急車で運ばれたりした。それくらい僕には信じがたいことだった。
なぜ、なぜ、なぜ。
僕は何度も考えた。何度も何度も考えた。この世界はなんて最低な世界なのだろう!僕には彼女がいないという事実だけで、この世界がひどく色褪せたものに見えた。転校したという事実も受け入れ難かったのに、死んだ?僕はどうしようもない感情を抱え、何回も泣いた。
彼女。彼女が笑うだけで世界は美しかった。彼女が何かを言うと、それはとても神聖なことに感じられた。彼女が僕の近くにいても、遠くにいるように感じられた。
僕は彼女の裸を想像してみた。でもそれはよくないことだと思った。彼女を性的に見ることは、とてもひどいことのように感じられた。あるいは僕は彼女に陶酔しすぎているかもしれない。
僕は馬鹿みたいに様々な占いを通し彼女との相性をはかろうとした。でも結果はまちまちだった。良い時もあれば、悪い時もあった。花占いもした。当然花びらの数で結果は変化した。
彼女、彼女、彼女。
もうこの世にはいない彼女。
もう僕に声を聞かせてはくれない。
もう僕に微笑みを見せてくれない。
もう僕に会うことはない。
もう僕は会うことができない。
彼女、彼女、彼女。
あれから5年経った。今でも僕は彼女について思いを馳せることがある。彼女が今でも好きだ。とても好きだ。その気持ちは変わらない。全く揺るがない。
しかしこの世は生きている人のためにあるものだ。死者をどれだけ想っても、死者は僕にキスをしてくれない。
いや、彼女にキスをしてほしいわけではない。もちろんできればしてほしいけれど、僕はただ彼女の笑顔を見るだけでよかったのだ。遠くの方でもいい。彼女の微笑みを見ていたかった。彼女が幸せになる様を眺めていたかった。しかしそれはもう叶わない。
・・・やっぱり一度くらいはキスしてほしいな。僕は何度彼女とのデートを想像したことか。馬鹿だなあ。でもいつかは受け入れなければならない。
さよなら。
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