海は僕にとってさほど珍しい存在ではない。生まれた時から海は身近な存在だった。家からは海が見えたし、僕は幼少期によく海に泳ぎに行っていた。だから海は好きとか嫌いとか、そんな次元を超えて、当たり前に身近に存在するものとして認識していた。

 高校生になり、初めて彼女ができた。とても優しくて、目がいつもキラキラしていて、とても可愛かった。僕は人を好きになるって素敵な事だなと思った。

 ある日僕はちょっと遠くまで泳いでみようと思った。来週から中間テストがあるため、なかなか遊ぶ時間が取れないからだ。早速海に行き、海パンひとつになって、海に入った。

 初夏の土曜の昼である。観光客が結構いて、皆重い思いに遊んでいた。僕は気を付けながら、できるだけ遠くの方まで行ってみようと思った。

 振り返る。陸地が遠くなっていく。僕の住んでいる町が、小さく見えていく。

 なんてちっぽけな世界で、僕は暮らしているのだろう。

 僕は海の方を見た。果てしない。どこまでも果てしない海が、そこにあった。

 僕は初めて海を怖いと感じた。


 海から上がり、少し休憩していると、パラソルの下で休憩している外国人の少女がいるのが見えた。アメリカ人だろうか。僕と同い年くらいに見えた。麦わら帽をかぶっている。髪は少し茶色がかったロング。手足はすらりと細くどこまでも白い。白いワンピースを着ている。体育座りをしているため、そこまで確信は持てないのだが、身長は僕と同じくらいだろう。女子にしては少し高いのかもしれない。

 僕はちらりちらりとその少女の方を見ていた。あまり見ない方がいいと思うのだが、どうしても視線がそちらの方に寄ってしまう。だめだよな、馬鹿だよなあなんて思いながらも、どうしてもやめられない。ついその少女を見てしまう。僕はすでに彼女がいるのだ。そんなことはいけないことだ。そう頭で理解していても、やはり確信してしまう。

 これは運命の出会いだ。

 あるいはそれは錯覚なのかもしれない。いや、錯覚だろう。単なる一目惚れだ。世の中には運命なんて大層なものはきっとない。でも当時の僕はこれは運命と直感していた。

 どうやって話しかけよう?何を話せば良いのだ?日本語は理解できるだろうか?

 そんなことを頭でぐるぐると考え、1人で盛り上がっていた。

 もう一度彼女の方を見た。すると、アメリカ人らしき美少年が、彼女の横に座っていた。仲良く談笑していて、彼女は笑っていた。素敵な笑顔だった。

 僕は海を眺めた。何時間も何時間も。気がつくと少女はどこかへ消えていた。

 敵わないよなあ、とか、そんな事を思った。

 海に陽が沈んだ。夜の海は人気がなく、より一層寂しさを感じた。

 僕は生まれて初めて海をよそよそしく感じた。


 いつも見ているはずの風景が、ふとした瞬間に、見知らぬ風景のように感じることがある。きっとこれも錯覚なんだろう。世界は錯覚で満ちている。

 僕は、自分の手のひらを見た。何だか自分の手じゃないような気がした。

 僕は毎朝家から海を眺めている。海はどこまでも広く、果てしない。

 きっと僕も同じだろう。

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