がらくた
春雷
猫ランダム
当時、色々な所で駄菓子屋が潰れかけていた頃、小学生だった僕の周りで、こんな噂が立った。
ヨネの婆さんのとこの駄菓子屋に置いてあるガチャガチャに、猫の幽霊が出るらしい。
僕はこの噂を初めて聞いた時、馬鹿らしいなと思った。猫の幽霊というのはあまり聞いたことがないし、そもそもそこまで怖くない。むしろ猫好きの僕としては可愛いと思うくらいだ。しかもガチャガチャから出てくるというのもいかにも滑稽だ。僕は友達に訊いた。その猫はガチャガチャみたいにランダムで出てくるのかい?と。すると彼は真面目な調子で、そうらしい、と言った。僕は思わず笑ってしまった。
それからしばらくして、僕らが遊んでいた場所は変わっていってしまった。マンションや一軒家が建設されていき、コンビニができたりもした。ヨネ婆さんはその新しい流れにどうにか抗おうとしたみたいだけど、結局ヨネ婆の駄菓子屋は潰れることになった。
ヨネ婆の駄菓子屋が閉店するその日、友達4人とお菓子を買いに行った。今日ここでお菓子を買うのも最後かと思うと、何だか切ない気持ちになった。切ない気持ちになったのはほとんど初めてだった。ヨネ婆は最後だからと言ってお菓子をたくさんサービスしてくれた。僕らはとても喜んだ。ヨネ婆も嬉しそうだった。でもどこか寂しそうだった。
ヨネ婆からは色んな話を聞いた。子供の頃の馬鹿話、死んだ旦那さんの話、趣味の裁縫の話、戦争の話・・・本当に色んな話を聞いた。今にして思えば、貴重な話をたくさん聞けた。
そうだ、ひどく暑かったことを覚えている。ヨネ婆の駄菓子屋が閉まったのは夏のことだ。僕はラムネを飲みながら、ガチャガチャを眺めていた。猫の幽霊が出てくるんじゃないかと思って。じっと眺めていた。このガチャガチャも無くなっちゃうのかなあ、なんて思うと切なくなった。やりきれない気持ちになった。猫の幽霊。本当にいるのだろうか。
夕方になり、ヨネ婆は店のシャッターを下ろした。僕は、あーあ、という、何とも言えない、落胆のような、寂しいような、そんな気持ちになった。何だか泣きそうだった。でも人前だったから泣かなかった。様々な思い出が胸に去来した。うまい棒の新しい味を試したこと、ガリガリ君をよく買っていたこと、アイスの当たりに喜んだこと、10円ガムを延々噛んでいたこと。そんな取り留めもない事を思い出していた。ヨネ婆は言った。
「みんな、ありがとうね」
僕らはなぜか声を出せなかった。ただ頷くことしかできなかった。
ちらとガチャガチャの方を見た。今なら猫の幽霊が出てくるかもしれないと思ったからだ。でも、そんなことは起こらなかった。
あれからどれだけの歳月が経ったのだろう。僕は大人になり、色々な事を体験し、その度傷つき、そして成長していった(と思う)。
あの頃の友達とは疎遠になった。ヨネ婆は亡くなったと親から聞いた。
僕は銀行に就職し、忙しく働いていた。忙しくて空想をする余裕や過去を振り返る時間も無くなっていった。毎日疲れ果て、家に帰れば眠るだけだった。
そんな日々が2年くらい続いた。
仕事にも慣れてきて、久しぶりに実家に帰ろうと思った。そこでふと昔の事を思い出した。猫の幽霊の話だ。僕はヨネ婆の駄菓子屋があった場所に行ってみる事にした。
駄菓子屋があった場所は、コンビニになっていた。それもそうか。
ガチャガチャは無くなっていた。
僕の青春の風景は、もはや心の中にしか存在しないのだなと思った。
空を見上げると、猫の幽霊が飛んでいたような気がした。
でもそんな訳はなかった。
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