第3話 「王都からの手紙」

ハルトのコークスクリューをねじ込まれて寝込んだ後、

俺は再び起きて行動を開始する事にした。

廊下に出ると、他の部屋への給仕をしていたハルトと目が合った。

あいつ、ここの食事まで任されてるのか。


「あ、おはようございます。どうですか、お腹の痛みは治まりましたか?」

「おかげでな。楽しい地獄だったぜ。」

「いやなんか悪いの僕みたいに言ってますけど、そっちが悪いんですよ?」

「日頃の行いが悪いお前が悪い。」

「釈然としないなぁ…」


こういういじられキャラという者が、どこの集団にも必ず一人はいただろう。

その場合、大抵の厄介事はそいつに周り、苦労する羽目になるのだが、果たしてこいつはどうなのだろうか。


「そういえば、あなたの事を村長が呼んでましたよ。」

「あ、なんで?」

「知りませんよ。伝えて無いって思われて怒られるのも怖いので、さっさと行きましょう。」



木でできた和風の町を歩く。

雲一つ無い晴天、とても気持ちがいい。

だが、こんなにものどかな町も、自分が放っておけば滅びてしまう運命にある。

たったそれだけの事実に、足が震えて逃げ出したくなる。

この世界の命運は、全て自分の行動に掛かっているのだ。

守らなければ、助け出さなければ。

もう二度と、あんな思いは御免だ。


「どうしたんですか?そんなに難しい顔をして。」

「ん?あぁ、悪い。」

「大丈夫ですか?今貴方の信用は僕の中ではゼロなんですよ?もっと素行をよくしてもらわなくちゃ、不安で気が狂ってしまいそうです。」

「俺、そんなに信用無い?」

「当たり前でしょう!?三日前の行いでよく言えましたねそれ!」


くだらない話をしながら、人通りの多い道を無邪気に駆け回るハルト。

しかし、周りからの視線が見るに堪えない。


「あれ、ハルトでしょう?」

「嫌ね…孤児ごときが、街中に出て来てほしくないのに。」


孤児…か。

俺は親もいたから、一人で生きてきた奴の事は分からない。

だが、相当な苦労があったに違いない。


「なぁ、ハルト。」

「はい、何でしょう?」

「お前、孤児なのか?」

「…元、ですけどね。今は村長の屋敷で暮らしてますし、使用人仲間は皆家族みたいな物ですから、何も寂しくはありませんよ。」

「そうか…わりぃな。言いたくない事言わせちゃって。」

「いえ、いずれ言うべきだったと思いますし、そのタイミングが今になっただけですよ。気にしないで下さい。」


ハルトの顔は、どこか悲し気だった。


☆★☆


大通りを過ぎ、屋敷に着く。

日本の姫路城を彷彿とさせるような美しい白に、思わず息を呑む。

外観もさる事ながら、その大きさも予想外に大きく、正に城と言った感じだ。

前は外観など確認出来なかったが、こんなに大きかったのか。

ハルトが門番に話を通し、入口が重い音を出しながら開く。

玄関までの道には沢山の使用人たちがスタンバイしており、前を歩くとお辞儀され

た。庭の木にはいくつもの装飾品が飾ってあり、クリスマスツリーのようだった。


応接室に通され、中に入ると、マチェルドが椅子にふんぞり返っていた。

堂々とした風格から、歴戦の猛者を感じさせる。

緊張しているのがばれたのか、向こうから話を切り出してきた。


「…今回貴殿に来てもらったのは、ある依頼を受けて貰いたかったからだ。」

「依頼?」

「そうだ。…実は先日、この村に手紙が届いてだな。普通は見向きもせんのだが、今回ばかりは見ずにはいられなかった。何故だかわかるか?」

「殺害予告とか。」

「毎日受け取っとる。外れだ。」

「じゃあ、王様からの手紙…って、こんな森の中の小さな村に来る訳ないか。」

「否、正解だ。」

「…マジ?」

「大マジだ。この村は国境に一番近い村だ。故に、敵国が拠点にする事を目当てに、今か今かと機会を伺っているとの事だ。それに伴い、王様からの招集がきた。従者を連れて、王城で補給物資を頂けるらしい。」


確かに、この国はどこか別の国と戦争をしてるって謎女も言ってたな。

隣国からすぐ近いこの村を占領すれば、戦略的価値も高いだろう。

こんな大事な時期の招集はあまり信用性は無いが、ありがたいのは確かだ。

行ってみる価値はある。


「だが、この隙に敵国の兵士に襲われては村の住人も成すすべが無い。なので、強い兵士は連れて行かず、護衛はそなたに頼んだ次第だ。」

「なるほどな。…分かった、その話乗った。」

「心遣い、感謝する。出発は三日後だ。それまでゆるりと休んでおけ。」

「了解。」


☆★☆


「何を話してたんですか?」

外で掃除をしていたハルトに、今回の話の良し悪しを聞かれる。

涼し気な風が頬を撫で、吹き抜けた。

「ううっ、寒いですね…。あなたは寒くないんですか?」

「別に?そもそも俺、北海道生まれなんだよ。」

「ホッカイドウ?」

「わりぃ、聞き流してくれ。」


その言葉に、今はもう戻れない故郷を思い出す。

中学生になり、突如引っ越しが決まった事を発表された夜。

あの悲しさは、一生忘れないだろう。

だから、今目の前にいる人達にも、同じような思いをさせたくないのだ。

いきなり課された使命を背負い、矮小な正義感を持って、抗うと決めたのだ。

商店街の悲劇を、繰り返さないように。

言葉だけでなく、力でねじ伏せれるように。


「まぁ、あんまり難しい事ばっかり考え過ぎると、人生損ばかりです。もっと、気楽に生きましょう。」

「言ってろ。」

「んなっ!僕、今結構いい事言いましたよね!?」

「能天気だって言ってるんだよ。」

「辛辣!」


☆★☆


考えてるだけではどうにもならないので、特訓を始めることにした。

村の外の適当な木に向かって狙いを定める。

弾を込めるイメージをすると、手袋の紋章が光り、指先に弾が生成される。


「いっけぇぇぇぇ!」


某探偵のようなセリフを放しつつ、権能の調子が上々な事を確認する。


(や、練習に精が出るね。)


突然、脳内に声が響き渡った。

十中八九、あのクソ女神だろう。

(クソ女神とは失礼な。カルテって呼んでくれって言ったじゃないか)

「お前が俺の手助けをしてくれるような優しい女神だったらな。」

(何もない所から全てを救う方が、ヒーローっぽいだろ?)

「だからと言って、自衛の手段これだけは酷くね?」

(それは、これからの君次第で大きく変わる。期待してるよ)

「おい、丸投げかよ!おい。おーい!」


それっきり、この日はカルテが話しかけてくる事は無かった。


☆★☆


…さて、この後だね。

最高神が一角、時空神カルテは、この後の展開を考え、不気味な笑みを浮かべる。


正直、こんなにも早く君がこの村を見つけるとは思わなかったよ。

ただ、世の中の動きが早くなれば、必然的に人の動きも速くなる。

分かるかな?

君は、もっと行動を増やさなければならない。

三日、三日後だ。そこで世界がどのように変化するか、実に見物だ。

誰が何度やってもたどり着けなかったその先を、見つけてほしいね。

たとえそれが、絶望の始まりだとしても。

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