第2話 「国境の村」

目が覚めると、目の前には記憶にない天井が広がっていた。

トモキは元々寝起きが悪い方だが、不思議と朝特有の苛立ちは無かった。

頭に意識を向けると、前の世界でも体感したことが無いようなふかふかな感触に気付く。


「…ふかふかだ。」

「あ、起きた。おはようございます、旅人さん。」


いきなり声が聞こえてきた。

まだ朧気な感覚の中、声の聞こえた方を向いてみる。

「先日は家の料理人を助けてくださって、本当にありがとうございました。私はこの村の村長の一人娘の、ターニャと申します。」

「は、はぁ。」


椅子に座ってこちらに話してくるのは、さっきの少年と同じぐらいの身長の少女だ。

くりっとした目と彼女自身の顔立ちが、男心をくすぐる。

そしてあの謎女に会った時から慣れ始めてきた気はするが、やはり髪の色の違いには驚かされる。

今回は、淡い黄緑色だった。

しかし、自分より年下に恋愛感情を抱くわけではないので、そのまま話を続けてもらう。


「お父様は助けなくてもいいって言ってたけど、そんなの酷いってハルトがお父様に直談判したの。やっぱり、ハルトって素敵よねぇ…。」

「何だ、恋の相談か?」

「うえぇぇぇぇぇ!!??」


何故分かった、とでも言わんばかりの反応だ。

ちょっと予想外の反応をされては、こちらも楽しくなってしまうのが道理だ。

前の世界での中学生くらいの女の子のコイバナに、調子に乗って質問を続ける。


「あれか、俺が助けた男の子か?」

「…」


顔が真っ赤になっている。

ほう。さては、図星だな?


「…婚約者なの。」

「こ、婚約者!?」

おいおい、これは物凄い事を成し遂げたのではないか!?

もしや、報酬がもらえたりして…。


「大丈夫ですか?目がお金みたいになってるけど。」

き、き〇丸か?

「何故でしょう。魔物と話している気分です。」

「おい、けなしてるのか?」

「初対面の少女の好きな人を何の躊躇いも無く聞いてくる人が正常な人間だと?」

「大変申し訳御座いませんでした。」

「分かればいいのです。」


☆★☆


体が動くようになった後、俺は屋敷の食堂へと案内された。

お決まりの長いテーブルが置かれ、壁には派手な絵画が飾ってある。

席に座ると、そのまましばらく待機していてくれと言われた。

言われた通りに待っていると、部屋のドアが開いた。

そこから現れたのは、虹色のマントを着た大男だった。

180センチ位はありそうな身長に酷く合わない小顔の男は、こちらを見るなりずんずん近づいて来る。


「…起きたか。どうだ、息災か?」

「なんか悪役みたいな奴って皆息災か?って言うよな。」

「心配するな。これでも、ファンシーなイメージを取り繕っているつもりだ。」

「いや、その目つきでそれは無ぇよ!」


正直これは見てもらわないと分からないと思うのだが、この男信じられないくらいに目つきが悪いのだ。

虹色で固められた服装、高身長、小顔、悪い目つき、全てがアンバランスだ。


「なんか、属性モリモリだな。」

「安心しろ。これでも私は、6つの属性全ての魔法を使える。」

「何をどう安心しろと…。」

「ちなみに、私の名前はマチェルド・シェイルンだ。」

「会話の流れって知ってる?」


あまり調子が出ない、気の抜けた会話が続く。

流石にこの雰囲気には耐えれないので、こちらから話を切り出してみる事にした。


「で、俺をこの村に連れてきた理由は?」

「む、ターニャから聞いてなかったか?」

「いや知らねぇよ。」

「あなた本当にハルト君を助けた人なの!?」

「おい、なんで何も言われてないのに文句言われなきゃいけないんだ!」

「まぁ、いい。…して、何を求める?」

「良くないよ…というか、俺は何かしたのか?」

あぁ、そういえばあの男の子は婚約者なんだっけ。

「一杯のご飯と、味噌汁をくれ…(イケボ)」

「待て、味噌汁とはなんだ?そのような料理、聞いたことが無いぞ?」

「あ、そりゃそうか。レシピ教えよっか?」

そもそもこちらの世界に味噌があるのか分からないが、そんな事はどうでもいいだろう。


「頼む。…おい、ハルトを呼べ。」

マチェルドが、メイドのような服装の人に声をかける。

おぉ、この世界にもメイドというのは存在するのか。

やはり、オタクの夢は比喩抜きに全世界共通なんだな!

そんな事を考えていると、コックさんのような服を着た男の子が部屋に来た。

走っていたのか、息を切らしている。


「すいません、マチェルド様。食材を切るのに思ったより時間がかかってしまいまして。」

「良い。それより、あの旅人が珍しい料理を知っていると言っている。レシピを控えておけ。」

「はい…って、あなたは!」

こちらに顔を向けると、そこにはついさっき見た顔があった。

ヤクザっぽいのに襲われていた少年、ハルトだ。

さっきはボロ雑巾のような服を着ていたが、今は一変して、清潔感溢れるピッチリとしたコック服を着こなしている。


「え、えっと…あの時は、本当にありがとうございました!」

「どうも、命の恩人です。」

「言ってる事は正しいけど、なんだか恩着せがましいセリフですね…。でも、やっぱり助けてくれたのは確かですし、細い見た目の人でも強くなれるという事を再確認できました!」

「おい、褒めてんのかディスってんのかどっちだ!?それが命の恩人への態度か?」

「前言撤回、信用に値しません!何この人、超恩着せがましいんですけど!」

「わぁ、もう仲良しなのねぇ。」

「ターニャよ、見ていないでちゃんと突っ込みなさい。」

「私の役割じゃないもん。」

「そうですよマチェルドさん。それはこいつの役目だ。ほら突っ込めよ、ハルト。」

「僕は奴隷ですか!?」


ひたすらネタに突っ走る俺、

ツッコミを任されてガックリと肩を落としているハルト、

このカオスな状況でもあっけらかんとしているシェイルン親子。

…何だか物凄い魔境を産んでしまった気がするが、まぁいいかあ。


☆★☆


あの後ハルトにレシピを教えた俺は、村の事を知るために案内してもらう事にした。

村長の苗字から取った名前の村、「シェイルン村」は、近くの森から採れる木が特産品らしく、家も全て木造建築だ。火災が起きたらどうするのかと聞くと、

「この村では基本的に火は使わず、電気のみで明かりを賄っています。」

とハルトに教えてもらった。

発電所も無しに村全体が電気を使えるのか、と思ったが、この村の一族は全員生まれた頃から電気系統の魔術が使えるらしい。なんとも便利な物だな、魔術と言うのは。


屋敷のある村の中央から少し小高い丘を登ると、教会のような建物が見えた。

「ここが、僕の住む宿舎です。屋敷の使用人は、皆ここに住んでいます。」

中に入ると、待っていたのは巨大な祭壇…ではなく、普通にペンションのような廊下とドアだけの空間だった。

畜生、俺の感動を返せよ!

「何だか不当に怒られている気がしますが、気のせいですかね?」

「お前の日頃の行いだ。」

「酷い!」

「ちょっと二人とも、喧嘩は駄目よ!」


ターニャに諫められ、この場は一時休戦となる。


「っよし、ハルトと和平交渉も済んだし、早速ハルトの部屋に突撃だ!」

そう言い終えると、俺はハルトの部屋に全速力で駆け出す。

「あ、待って!」

「んん?知らんな!お前の部屋のエロ本全部見つけて机の上に並べといてやるよ!」

「地味に嫌なヤツ!そ、そんなのどうでもいいから、待ってください!」

「ねぇ、ハルル、えろほんって何?」

「ターニャが一生知らなくていいヤツ!」

「うわ、なんだお前らラブラブじゃねぇか!なんだよハルルって!」

「くそ、後ろ歩きで煽ってきてるはずなのに、一向に追いつけない!」

「お、『ハルト』って書いてあるな!よっしゃ、お邪魔しまぁぁぁす!」

「やめてぇぇぇ!」


悲鳴に近い声が聞こえたが、今は無視だ。

俺は好奇心のままドアを開ける。

すると、ムワッとした匂いが鼻腔をくすぐる。

部屋を見ると、一見清潔に見えるが、ベットだけが壊滅的にぐちゃぐちゃだった。


…この匂いは、アレだな?

「あれ?この匂いって…。」

追いついたターニャも、顔を真っ赤にして黙っている。

俺の後ろで、全てを諦めた顔のハルトが、ポツリと一言。


「だから…嫌だったんです。」

「本当に申し訳ない事をしました。どうぞなんなりと処罰を。」

俺は光の速さで土下座を決める。

結局、ハルトの必殺技、「地獄送り」を腹に思いっきり食らった。

ただのコークスクリューだった。

でも、とんでもない衝撃が俺の腹を襲い、その反動でまた三日寝込んだ。

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