第5話 毒親
声、小さい。
言葉をひとつ、発言するたび。
折りたたむように、怒鳴られた。
なにを話そうと、受け付けない。
マシュマロの、髪の毛が揺れる。
黒ぶちの眼鏡の向こう。あなたは、なにを考えていますか?
たくさんの人の前で怒鳴られて。
外は、真夏の太陽が照り、緑も眩い朝なのに。
ユニクロで買った黒いTシャツ。
肩にかけるリュック。
コラボTシャツのチョコレートの絵が、いまにも、銀紙の包みから溶け出して泣きそう。こんなにも、叱られることなのですか?
助けたくても、助けれない。
しばらく、私は様子を見ていた。
声が小さくなる。
消えていく。
太った女性は、ますます声が大きくなり、攻撃的になる。
弱いものいじめをしているかのようにみえる。
周りで見ている大人たちは、見て見ないふり、次の展開を遠巻きに見ていた。
「なんですか?コロナが?」
「郵便物が届かないと?」
「どういうことですか?」
「え?」
なにを話しても、平行線。
まったく受け付けない。
息子は、ただ、攻撃的な女性の前で立っていた。
これは、わたしの姿。
いままでこうして、この子を攻撃してきた。
社会の中でのルール違反。
でも、ここまで攻撃してもいいのだろうか?
たとえ、違反があったところで、ここまで、頭から浴びせる言葉の攻撃。
なにも言い返していない。
横顔の頬は、真っ赤になっていた。
言葉の剣で、頬をぶたれたかのようだ。
何度も、何度も。
体格のよい中年女性は、構内に響く大きな声をあげて、いまにも折れそうな若い男を責めた。
その姿をみて、わたしは自分と重ねていた。
毒親。
わたしは毒親だな。
息子を支配してきた毒親である。
小学校一年生から六年生まで。
ずっと、一緒に勉強した。
高い教材を買って、自分が苦手な算数を克服したくて、夢中で問題を解いた。
楽しい時もあった。
しかし、競争意識が強い息子は、友達に負けたくないと、100点にこだわった。
学校のPTAにも参加した。
どんなに忙しくても、いじめられないように。
クラスの先生とも交流をもち、たくさんのお母さんとも情報交換した。
中学生になっても、変わらなかった。
勉強に負けたくなく、自分から、近所の塾へ通った。
金銭的に大変になり、
大好きな水泳も、空手も、辞めてもらった。
これも親のエゴだ。
ゲーム好きだった。
友達は多くない。
派手な子が苦手だった。
学年の順位で苦しんでいた。
数学は、得意だった。
厳しい教師に、ついていく。
叩けば響く成績をだした。
しかし、ほかの教科はムラがあった。
普段はスラスラ解ける問題も、本番に弱くて、いつも順位は真ん中より少し上だった。
家族も期待して。
塾の先生も期待して。
でも、本番に弱く。
スポーツや、部活をしている子に負けていた。
ひどい言葉をかけた。
「なんで、あの子の方ができるの?」
学習塾の先生も、「死ぬ気で頑張れ!」と言った。
高校も勉強を頑張った。
しかし、本命の大学へは進学できなかった。
本番に弱かった。
数学、化学。
山が高いほど乗り越えた。
まるで、ゲームの攻略しているように。
大学にも、厳しい教師がいて、勉強した。
厳しすぎる指導者がいると、頑張る。
地元を離れて、一人暮らしすると。連絡がつかなくなった。
心配になり、夜行バスで都心へ行った。
何時間もかけて、顔をみるだけのために、お金も時間もかけた。
ゴミだらけの部屋で、厳しい教師の期待とおりに、勉強していた。
社会生活は、投げやりだった。
髪の毛は伸び放題。
時間があれば、布団の中でスマホゲームしていた。
ゴミ出しも、洗濯も山盛り。
夏なのに、汚れた服を着たくないと、冬のトレーナを着ていた。
就活の背広は、ヨレヨレだった。
ゴミを出すタイミングを逃して、生ごみの悪臭が漂っていた。
コバエホイホイが、置いてあった。
一つのことに集中すると、頑張るあまりに、なにもできない。
生活の幅は、ゲームが占めていた。
次は勉強。
最後は、暮らし。
小さなころから、ものすごい負けず嫌いだった。
戦うことが好きだった。
ゲームが大好きすぎて、中毒だった。
勉強もそう。
つよい相手(教師)がいると、倒すことに夢中になった。
でも、
自分の未来と、希望の将来。
これから、なにを職業にして、どう生きるか?
社会生活には、かけていた。
それは、毒親の責任でもある。
勉強なんて、させなくてもよかったのだ。
生活の中の、お手伝い。
勉強よりも大切なものをもっと、教えるべきだった。
中学、高校と、青春らしい経験は少なかった。
大学で、気の合う仲間と出会った。
みんな、よい友達だった。
どこか、息子に似ていた。
楽しい学生生活を送った。
青春らしい、青春を送った。
そして、就職。
不合格を恐れて、入りやすい会社を選んだ。
本気で行くつもりはなかったようだけど、教師のすすめで決めた。
私たちの意見は無視だった。
自分の意志で決めた地方の街で、一人で暮らすことになった。
遠い場所だった。
アパート代から、家電家具までそろえた。
働き始めて、2年目の夏。
不規則な勤務体制。
部署が変わるたびに、新しい仕事を覚えなくては、ならないようだった。
相変わらず、人より、要領が悪かった。
そして、努力家だった。
コロナウィルスの影響。
運転免許の更新を、忘れていた。
本人は、ハガキがないと話していた。
しかし、ごみのなか、どこかに消えたにちがいない。
クルマがなくても、免許は大切だ。
せつかく、大金を出してとった運転免許。
仕送りに、免許と、トリプルワークで働いて家族が工面したお金だ。
そんな大切な運転免許も。
捨てるわけにはいかなかった。
わたしは、地元の警察へ連絡した。
運転免許の更新忘れの手続きを聞いた。
息子に会いに行った。
慣れない職場で、もがき苦しんでいた。
ひとより時間がかかるからと、早い時間から、仕事に行く姿を見た。
毎朝、誰も来てないのに、頑張っていた。
みえない努力をしていた。
部屋は荒れていた。
でも、必死に生きていた。
うまく話せない性格も知っている。
吃音かとも、思う。
私は、毒親だろう。
そして、バカ親でもある。
誰にどう思われてもよい。
息子を助けるのは、私しかいない。
席を立った。
ゆっくり近づくと、こらえきれず話した。
「ちょっと、いいですか。」
「母親なんですけど・・・・。」
女性の顔が曇った。
私の眼も、相当、怒り狂っていた。
警察官だって、更新忘れて何年も運転したという記事も読んだ。
消防士も、先月、無免許で捕まった。
船員だったら、どうするんだ。数か月も帰ってこれない。
更新遅れは、2か月。
何年もではない。
解決しないなら、帰りましょう。
もう免許はいりません。
覚悟は決まっていた、このまま帰ろうと思っていた。
「ま~あ、ま~あ、」中年の男性職員が割ってきた。
解決の糸口に誘導してくれた。
ハキハキが、良い時代。
ハキハキ過ぎる若いお巡りさん。
言葉が話せない人は、どうすればよいのか?
辛すぎる世の中。
不公平な世の中。
ハキハキがよい。そんなことはない。
人を思いやれる人は、人を裁かない。
責めない。
この女性は、わたし、
わたしだった。
もっと、目の前の、息子のことを理解してあげなくてはならないな。
小さな障害に、気が付いてないのかもしれない。
(あと、15分で終わる。新しい運転免許書)
夏。
誰もいない公園のベンチ。
風に揺れる、交通安全の旗。
足元には、たばこの吸い殻。
緑いっぱい。
眩しい光。青い空。
目に映るのは、遠くで走る教習車。
この日、この時間。
鼻の頭にかいた汗も、真っ赤な頬も。
本人は忘れないだろう。
毒親は、卒業。
社会人の先輩として、ゆっくりと話を聞こう。
あなたは、子供ではなく。
独立した、若い24歳の社会人です。
ニコニコした笑顔で、来るかな?
まさか。
わたしは、笑った。
良い経験をした。
これから、スタート。
母さんも、一歩、離れて、見つめています。
お別れの日 haruto @picture-saru-5431
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