第4話 金のペン

小学校の体育館に、伸びやかな弦楽器の音色が広がる。


児童たちが、奏でる演奏は、心の底まで染みてくる素晴らしいハーモニー。

目をつぶると、いろんな場面が思い出され、胸があつくなる。


こんな私が、金のペンを持った。


10年間も。


ヘッポコ記者が、よくここまで頑張ってきたとつくづく思う。

案外、自分は、根性があったんだなとも。


思いおこせば、恥かきばかりの思い出ばかりだった。

インタビューするどころか、話をまとめて、聞くタイミングを逃した。

取材相手に、はてな?顔をされ、どうすればいいか。沈黙もあった。



電話取材では、いつも、番号を回す時に緊張した。

写真を写すことに、気を取られて、すっかり記事の内容を忘れた。



「だいたい、はやくて15分で終わりますよ」

大先輩の記者の言葉が、いつも頭の中を巡った。

私には無理だった。

15分を目指すばかりに、肝心な内容を聞き逃し。

再び、確認の電話をするはめになった。


フットワークの軽さと、度胸が、なくては、記者にはなれない。

あとは、図太さだ。

失敗は、忘れること。



そもそも、どちらかというと、前にでる目立つ性格ではない。

数学も苦手。

勉強もあんまり好きではない。


字を書いて、仲良しの友達に読んでもらって楽しむ。

か、ラジオや週刊誌の投稿欄にペンネームで書いて、喜ぶのが楽しみだった。


それが、どういうわけか。

地方でも大きな新聞社の名刺を持たされ、一週間に1~2本の記事を書いてきた。

社員というわけではない。

でも会社の証明書がある。

フリー記者?

都合の良く、紙面を埋めるために雇われている感じだろうか。


記事の書き方の勉強会に参加した、写真の撮り方も教わった。

一か月に、一度の会議では、デスクをまじえ、悩みを相談した。



10年もやっていれば、だいたいのイメージで、写真をとり、記事を書くようになった。



問題は、取材先。


ネタ探しだった。



「カシャッ」


生徒たちの後ろに回り、楽譜をみえるように、シャッターを切った。



体育館は、音色の反響が響く。


バイオリン、ウィオラ、チェロ、コントラバス。


小学生のオーケーストラは、素晴らしかった。


「サウンドオブミュージック」はじめ、10曲の演奏。




金のペンで書く、最後の取材だ。




小学校の20周年記念演奏会に向けての練習だった。


数日後、本番が開催される。


その宣伝に、新聞に載せてもらいたいとのことだった。



むかしは、気にもとめないイベント。

でも。

こういう取材を何本かすると、お金を払わなくても聴ける素晴らしいコンサートに感動する。

時間があれば足を運んでみるとよいと思う。

感動が、こころの糧となる。



音楽には、力がある。

一生懸命、練習した音楽にはエネルギーがある。



顧問の先生は、退職した音楽の教師。

ボランティアで、毎朝、子供たちにバイオリンを教えている。


一般の小学校で、こんなにも、弦楽器が用意されているのは、すごいことだと思った。おそらく顧問の先生の支援者がいるおけげであろう。




未来に投資する人たちの応援。


子供たちの未来に、協力する大人たち。

家族も、友達の親も。先生も。



きっと、この瞬間が、子供たちにとって、忘れられない思い出。





10年間の記者としての歩みを思い出していた。


100円のボールペン、大学ノート。

名刺とデジカメ。


この100円のボールペンを、わたしは金のペンと呼んでいた。


取材して、原稿にして、出稿する。

やがて、掲載され、多くの人が読む。

より、読まれるように、写真をうまく!とり、新聞の中心(へそ)に、載るように頑張る。記事は真ん中に載るほど、読者に読まれる。



「良い記事は、真ん中に載る」


たしかに。




金のペンを握るのも今日で最後。



お別れの日は、この演奏が終わるときまで。


寂しいやら、ほっとするやら、複雑な思いあふれる。


春、夏、秋、冬。



いつも取材先を考えた。

頭の中は、休まることなかった。





ネタ探しで、歩く街。

勇気をだして話しかけるアポなし取材。

長いこと世間話してから、「はっとする」すごい経験談。

人と人のつながりで、記事ができる。



人見知りの私には、辛い日もあった。

お偉い人ばかりの会食で、なにを話してよいか、悩んだ。

記者ということで、雲の上の人を見る目で見られた。



この演奏が終わると、ガラスの靴が消える。

金のペンも消える。



これで、自由になれる。


あしたからは、ただの人。


家族4人のお母さんである。



優しく、虹が消えるように。

演奏が終わった。


見学に来ていた父母らが、大きな拍手を贈った。



私も、大きな拍手をした。




お別れの日にふさわしい、素晴らしい演奏だった。








2016年10月。

「児童管弦楽団 練習に熱」のタイトルで掲載。

記事は新聞のへそに載りました。


10年間で。

金のペン30本以上。カメラ3台壊れる。

手書きの原稿を書いてたので、はじめてペンタコなりました。








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