第3話 おもいで、ずっと忘れない・空

光り輝く朝だった。


一日が、始まる。


「今日も、30度を超す暑さになりそうです。熱中症には気をつけましょう。」


テレビの画面には、お日様マークと、汗マーク。

熱中症注意の警報が流れた。



窓の外は、すでに真夏の太陽が眩しい。

友達からもらった、テルテルボーズの立体ハガキが、笑っていた。



この夏。

キラキラしてた。

なにもかも。



手際よく、トートバックに荷物をつめこむと、鏡をみた。



ずいぶん、忘れていたトキめき。



この思い出は、ずっと、ずっと、忘れない。


空も。


雲のずっと上の月も。




この瞬間、なにもかも光って見えた。




なんねんも、雲の中。

月はみえない。


どこへ行っても同じだった。

似たようなひとたち。

テキパキ仕事こなすけど、笑わない人。


ため息の職場。

意地の悪い人。


笑う場所が違う人。

話が、かみ合わないひと。

お金のために頑張るだけ。



休憩室の窓から、眺める空。

ビルのすき間からの空。

仕事を終えて帰る、真っ暗い夜の空も。

夕焼けの中、走る自転車も。

バスを待ちながら、泣いた日も。



いろんな仕事をしてきた。

体調を崩して辞める。

しばらくすると。

必ず、落ち込んだ。



ひきこもった日もあった。



娘が、遠い街へ行った。

会えない寂しさ。

夫とふたり。

夫は優しい

けど、働かなきゃと、自分で自分を、責めた。



春から秋まで。

空が見えるところで働こうと思った。


季節限りのアルバイト。

最盛期のときは、12時間以上も勤務がある。

過酷なしごとだけど、大好きなお花と空が見える。


花の選別のお仕事。

送迎もある。


たくさんの知らないおばちゃん連中。

途中から、若い男の子が数名、お手伝いに来た。



なかでも、イケメン君がいた。

ひときわ輝いていた。

アオイ君。



背が高く、笑うときれいな白い歯がキラキラして見えた。

「同じ班に、入ります。よろしくお願いします」


隣りのおばちゃんに、こっそり聞いた。

「大学生のアルバイトさんですか?」

「ちがうのよ。ちょっと障害があるらしいの」



アオイ君は、パニック障害になると、気を失うことがあるようだ。

ほかにも病気があるらしい。


知能は普通。

一般高校を卒業していた。



自立するための訓練で職場にきたようだ。



絵にかいたようなイケメンがきて、班内はパニックだった。

だれが倒れても、おかしくなかった。


厳しいと評判のリーダーの山田さん、はじめ、彼の動向に注目が集まった。

遠くで見ているだけで、充分だった。

ジャーニーズ事務所のタレントが、いきなり現れたようである。


この夏の、大事件である。


ほかの班からも、熱い視線が注がれていた。

平均年齢60代。

下は40代から上は75歳の女性である。

誰もがときめいていた。

コロナの影響で、コンサートも中止。

朝から晩まで働いてるから、韓国ドラマもみれない。

でも、ここには、本物がいた。

運が良ければ、握手もできる。


誰もが、チャンスをうかがっていた。



はじめての仕事は、意外と重労働だった。

一本、二本のお花なら、きれいだけど。

どーんと、茎の長い。

まるで巨大な木々のような花の山。

重たさも半端ない。

長方形のハコに、いろいろな種類の花を入れた。

商品は生きているので、丁寧に扱わねばならない。



単純な作業はきつい。



「これ!あなた?」

「はい」

「まちがっていますよ」

「はい。すみません」

「赤。黄色。白」花の束を慣れた手つきでやり直された。

「すみません」



「さぁ。はやくやって!」

「はい」

せかされるほど、失敗は続く。

失敗は、失敗を呼ぶ。



「ちょっと待って」

アオイ君が、私の手をつかんだ。



「赤と黄をいれて、俺が白いれて、箱をたたむから」

「はい」

いきなり来たイケメンに、しばらく圧倒された。


まわりのおばちゃんたちは、シーンとなった。




それから、アオイ君と私は、タックを組んで仕事をした。

離れていると、呼びにきた。

「やべさぁ~ん」

大きな声、過ぎる。

ましてや、笑顔いっぱい!



私の方に、冷たい視線が注がれた。



女はいつまでたっても女である。


アイドルの独り占めは、危険である。

こっちが、その気がなくても、グングンくることもある。


重たい荷物を一人で持っていると、どこからか見ていて手伝ってくれた。


一瞬、ふれた手に、ピリッと電気が走った。

(これは、久しぶりに感じた、キュンだ!)



ふざけてテーブルの下、足首をつかんで驚かされた。

(これも、また、電気が走ったキュンすぎる!)



アオイ君は25歳。


私は50歳。



おばさんを、からかわないでほしいと、思いながら、まんざらでもなかった。

スマホゲームのイケメン男子の実写版のようだ。



毎日が、ときめいていた。




楽しい夏。



嵐の歌が頭の中で流れていた。



♪思い出、ずっと、ずっと忘れない空~♪。


   ふたりが~離れていても~♪


♪こんな、すきな人に出会う季節。


♪  二度とない~♪




辛い仕事も、妄想恋愛で、元気いっぱいだった。



最近よく笑う私を夫は、疲れすぎて壊れてきたと心配していた。




暑い夏。

最高気温32度。

真っ青の空に、まっしろい入道雲。



外は、ギンギンの夏。



倉庫の中では、つぎつぎと運ばれてくる、カーネーションの山。


夏が過ぎると、終わりになるのは、わかっていた。

でも。

毎日が幸せだった。




いつのまにか、体重は、8キロ落ちていた。

話もしたことがない、作業員の男性が、やたらとエプロンを褒めるようになった。




スーパーで、偶然、友達に会った。

「びっくりした!きれいになった!」

声がうわずっていた。

「まさか。そうなの?」




恋はひとを変身させる魔法があるらしい。

この歳でも、かかることが実証された。



かなわない期間限定の恋。




帰りはいつも夜。

送迎のバスがくる。


売り物にならない花束をもらった。


「お疲れさまでした!全部あげる!」

黄色、白、ピンクのアルストロメリアの花束。

アオイ君は、笑顔でくれた。


「また。あした」




送迎のバスに乗りこむと、わたしは、真っ暗い外の景色を眺めた。

絶対に、泣きそうだな。と、思った。

やっぱり、大粒の涙が落ちた。

花束の上に。

いくつも、いくつも落ちた。



神様はいるんだなと、思った。

生きていてよかったとも。




雲のずっとうえには、ほほ笑む月。


涙が止まらず。

ずっと、窓に映る自分の顔をみた。



かわいいアイドルさんだった。

いつも笑っていた。


朝が来ると会えた。

近くて、遠い人。




夏が終わり、9月になるころ。

アオイ君の恋話を、聞くようになった。



あれよあれよと、アオイ君の恋は叶い。

彼女ができた。


意外と、ガッカリしなかった。

むしろ、ほほえましかった。

相談してくれたことが嬉しかった。



「ぼく。やめようかと思って」

「え?」

「面接に行く会社、決まったんです」

「そう」



彼女ができたことでアオイ君は、男らしくなっていた。

自分の病気と向き合いながら、できる仕事を探していたらしい。




「がんばってね」

「はい」




少し日焼けした肌が、今年の暑さを物語っていた。



障害がすこしあるというだけで、アオイ君はいたって普通の青年だった。

アオイ君の、前途が明るいことを願った。






10月、最後の日。


今日でアオイ君は、アルバイト終了。



「午前中で、仕事はおわりです。」



たくさんいたアルバイトさんも、だいぶ減ってきた。




アオイ君は、段ボール箱を、荷造りテープをつける機械で作業してた。


今日でお別れ。


悲しくなるから、いつもと同じで。


でも、時間が、猛スピードで進む。




おもいで、ずっと、ずっと忘れません。


ゴミ出ししたときに見た、夏の空も。




いきなり冷たい水を、かけられたことも。


毎日、しつこく、「きのう!なんのテレビ見た?」と話すことも。


勝手に待ち受け変えることも。



おにぎり食べてた姿も。




「矢部さん!」

「はい」

「これ」




お手紙だった。

受け取る手が震えた。


「・・もう涙でるでしょ。」


受け取った瞬間。


大粒の涙が地面に落ちた。


「元気でね」


かける言葉が、見つからなかった。






おばちゃんたちの視線がいたいけど、握手をした。


お手紙には、感謝の気持ちがつづられていた。





ありがとうございました。




お元気で。



とても、素敵な夏だった。



輝いていた。




忘れられない夏でした。



おもいで、ずっと、ずっと忘れない


そら。


お別れの日は、はじまり。


わたしも、頑張るね。



元気でね。



さようなら、

そして、ありがとう。
























































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