第2 雪花(ゆきばな)
12月。
桜の花が散る。
空いっぱいに、桜の花びらのような、雪が舞う。
優しく、静かに。
肩に、あたまに、降りてきた。
花びらのように、街灯の下,
降りてきた。
「終わったね」
「うん。」
「ようやく、本当の娘になった気がする」
寒さで、透き通った黒い空に、花びらのように、雪が下りてきた。
涙が落ちた。
「ありがとう」の声が聞こえてきた。
本当に、立派なひとだった。
いまから7年前。
家を失った義父が、やってきた。
お年寄りの、あるあるである。
父さんも悪かった。
大きな病気をしたせいで、寂しくなったんだろう。
親戚の甘い言葉に乗せられて、家を処分して同居していた。
夫はちょうど、単身赴任だった。
わたしたちの、知らないところで、そういう話が進んでいた。
ある日、家は取り壊されてた。
わたしたちの結婚写真も、孫の写真も、みんな捨てられていた。
嘘のような本当の話。
詐欺にでも、引っかかったような。
そんな出来事だった。
でも、幸せだったらいいのだ。
はじめは、新しい、暖かいチョッキを着て、絵に描いたように幸せそうに見えた。
一人暮らしが、長かったので、寂しかったのだろう。
家族に囲まれて、これからも楽しく暮らせると思ったにちがいない。
しかし、いままでの生活から一変する。
親戚も、いままで一緒に住んでいたわけではないので、生活リズムが崩れたと思う。
はじめは、助けたい気持ちがあったのだろう。
父さんも、ガンコなところがあった。
それこそ、昭和の親父である。
威張る。
耳が遠いので、声が大きい。
下着を汚す。
ごみの出し方も違う。
新聞を読む順番だって、一番出ないとダメ。
朝は、洗面所でタンを吐く。
一番風呂は、心臓に悪いので入らない。
年寄りは寒がりだ。
居間のストーブの前で着替える。
家族が使っているマグカップもわからない。
入れ歯を平気で入れる。
時間がたつと、習慣の違いに、お互いにぶつかり合うのだ。
いろいろわからないことに驚き、お手上げになる。
しかも、もとは、一家の主。
プライドがある。
親戚のところにいたのは、わずか1か月半。
結局は大ゲンカして、飛び出してきた。
昭和、ひとケタ世代は、血の気が荒い。
お世話になったのに、
最後の言葉は。
「てめえ、このやろ~!金返せ!」だった。
大変な事態になった。
我が家に。
いままで、同居してなかった人が、突然やってきたのだ。
親戚夫婦でなくても、ぶつかるのはあたりまえ。
習慣の違いがある。
長い闇の時代がやってきたと、頭を抱えた。
けど、子供たちは、楽しかったらしい。
父さんは、長年の経験から、いろんなことを知っていた。
大工仕事。
クルマの運転の仕方。
むかし、働いてきたときの話。
息子たちがこれから、社会にでるための資格や、仕事について。
高校生と中学生がいる家庭は、ものすごく忙しい。
そんな嵐の中に、飛び込んできたのだ。
私たち夫婦は、多忙だった。
子供たちも忙しかった。
本人も、わかっているから、可哀そうだった。
それでも、2年半、一緒に暮らした。
その後、老人ホームに入居した。
施設では、新聞をすみずみ読んでいるおかげで、物知り博士となっていた。
結構、人気者だった、。
私たちは、毎週、和菓子を買って、父さんのところへ行った。
笑顔で迎えてくれた。
そして、いつも、私たちのことを心配してた。
必ず、子供たちに教えることを話してくれた。
父さんらしい言葉。
「保証人には、絶対になるんじゃないよ!」と。
なんども、補聴器が壊れて、一緒に眼鏡屋に行った。
フェリー乗り場で、一緒にコーヒーを飲んだ。
ユニクロのバーゲンで、走った。
スーパーで杖を忘れて、何回も、取りに行った。
買い物カートを押すと、スピードが速くて、笑った。
白内障の検査の時に、冗談を話し、たくさんの人を笑わせたね。
本当は
優しくて、立派な父さんです。
でも、ずいぶん誤解していました。
3日前。
父さんの車いすを押しました。
糖尿病の検査の結果
あまり良いことを言われませんでした。
「正月は、泊まりに行けないな。」と、父さんは話した。
施設へ送る帰り道。
少し遠回りしました。
電車道路を走り、陸橋を上り、海に浮かぶ船の灯かりがみえる道を走った。
いつもは、「納豆でも買いたい」と話すのに、何も言わなかった。
私が「父さん、そろそろ覚悟しなさい!」と、話した。
嫌な女だった。
今朝。
救急車で運ばれた。
薄れゆく意識の中で。
あんなに、いつも、ガツガツ話す悪い娘に向かって。
「ありがとう。世話なったね。」と、何度も話した。
涙が止まらない。
最後の言葉なのに。
優しすぎだよ。
夜空を見上げ、落ちてくる、たくさんの白い雪花を見上げた。
ようやく、母さんところへ、旅立てますね。
お疲れ様でした。
雪は、私たち夫婦を、包んで降り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます