お別れの日

haruto

第1話 秋雨(あきさめ)のドライブ

金色の光が差す居間。

朝日が眩しく、カーテンを引き戻す。

薄暗くなったところで、パソコンを開く。

今から10年前の秋の日記が出てきた。


なんとも切ない日を思い出す。

秋雨が降る夜。

3人が乗った車を見送った。


「おばあちゃん!地震だ!」

「優菜!こっちにおいで」

お昼すぎ、震度3の地震がおきた。

東日本大震災の余震だ。

1年たっても、急に揺れることもあった。


優菜は小学6年生。

最近、ちょこちょこと、体調を崩していた。

この日も、祖母宅に預けられた。

11歳のわりに、幼い性格。

甘えん坊で、世話好き。

絵が描くのが得意で、最近は文章も書いている。

新聞記者の叔母に似ていると言われていた。

たしかに、顔も似ていた。

「おばあちゃん!おさまったよ!」

「そうだね。テレビつけて。」

「うん」

地震の様子が、映し出されていた。

ソファに寝転びながら、優菜はテレビのチャンネルをあちこち変えた。


「津波の心配はないね」

「うん」

「学校も揺れただろうか?」

掛け時計の針を見ながら優菜が話す。


「おばあちゃん。いま昼休みだよ。きっと大騒ぎだったよ!」

「そう」

祖母ののぶ子は、台所へ立った。

「ゆうちゃん。ホットケーキ食べる?」

「うん」

「その前に熱、測るんだよ」

「うん」

いつもの風邪だと思っていた。

ダラダラしている性格も。

学校から帰るとすぐに寝転ぶことも。

宿題や忘れ物が多いことも。

肌の色が、白いことも。

「色の白いは、七難かくす」と、笑っていた。

ふっくらしていた体格も、背に伸びたと話して笑った。

食欲がない日も。

両親は働いていた。

今の時代、住宅を持ち、車も所有していたら、共稼ぎは普通。

子供たちが体調を崩すと、父方の祖母があずかった。

子供は体調を崩すことが多い。

たいてい、1日~2日すると良くなる。

優菜は、のんびりした性格。

おっとりした話し方。

高学年なのに、幼稚園児みたいに、甘える性格。

ふたり兄弟の末っ子。

両親もまたそんな娘が可愛かった。

夜に上がった熱も、日中は下がっていた。

「あしたは学校に行けるね」

「うん」

出来立てのホットケーキを、優菜は美味しそうに食べた。

「おばあちゃん。こうすればいいんだよ」

優菜は、ハチミツでハートを描いた。

のぶ子は、笑ってみつめた。

「器用だね」


「おばあちゃんに、絵をかいてあげる」

そう話すと、優菜はカレンダーの裏におばあちゃんの顔を描いた。


「ちゃんと。食べてからにしなさい」

「えへへへ」

性格は明るい。

普通の日が、やがて崩れていくとは、思わなかった。

なんでもない日が、なんと貴重なことか。

その時は知る余地もなかった。

この一年、いろいろあった。

優菜の父親の失業。

再就職。

母親も、新しい職場で正社員として働き始めた。

病と心はつながっているのか?

子供の心は、ショックなことが、毒となり、身体に回るのか?

もともとの、運命なのだろうか?

優菜の両親は、いつのころからか、ケンカが絶えなかった。

小学校最後の運動会。

ふたりは大喧嘩していた。

口が重く頼りにならない父親。

ヒステリックで、ケンカすると物を投げつける母親。

幼い兄弟2人は、部屋の隅でおびえたにちがいない。

でものぶ子に、子供たちの口からは聞いたことがない。

我慢していたのだろう。

小学生最後の夏休み。

両親に、離婚話が持ち上がっていた。

離婚するかもしれない恐怖が、優菜の身体に異変をもたらしたのだろうか?

子供の前で、話し合いがあったと、娘にきいた。

「あの時は、子供の前で悪かった」と、話していた。

日が暮れる。

「お世話になりました」

優菜の母親が、スーツ姿でやってきた。

若く美しかった。

「じゃあ。またね」

「うん」

のぶ子は二人の背中を見送った。

離婚話がでるほど、夫婦仲が悪くても、子供をあずけるのは、やむ負えない。

祖母は優しく世話好きだけど。

母親のことは、心からよくは思ったはいなかった。

それは、お嫁さんも同じこと。

翌日のお昼に、電話が鳴った。

優菜の通う小学校だった。

「優菜さんのおばあさまですか?」

「はい」

「すぐにお迎えに来てください」

担任の先生の声が、あわててた。

小児科の先生から学校へ電話があったようだ。

先日、あんまり熱がさがらないようなので、病院で、検査していたらしい。

その血液検査の結果が良くなかった。

「至急!病院へ」と言われた。

両親が、連絡が取れないと。

教師があわてている様子が、伝わった。

のぶ子の手も震えた。

「いま、迎えに行きます」

あわてて電話帳を広げて、タクシー会社を探した。

血液検査の結果、骨髄性白血病の疑いあり。

即入院。

急いで、都心の病院へいくこと。

隣りに立ちすくむ優菜の肩を抱き、ランドセルを持った。

優菜は、その場で、無菌室に入院した。

公衆電話で、娘に連絡すると、母親に連絡が取れた。

それでも、本人は元気そうだった。

元気そうに見せるのが上手いのかもしれない。

駆けつける父と母の前で、ガラス越しに、無菌室の中でおどけて踊った。

不仲な二人を、こうして、いつも、取り持っていたにちがいない。

のぶ子は、二人で食べた、ホットケーキを思い出しては、涙がでた。

持ってきた、手作りの巾着のひもを何度も握りしめた。

息子夫婦は、ショックをうけて呆然としていた。

そのくせ、のぶ子には強い口調で、噛みついてきた。

白い病院。

運ばれる器材。

足早に歩く看護師。

のぶ子は、なにも考えれなかった。

なんでもない日が、消えていった気がした。

11月半ば。

そろそろ雪がちらつき始めたころ。

北国には長い冬が訪れる。

学校を早退してから3日目。

遊びに行くわけでもなく。

こんな形でのドライブになるなんて。

優菜は、笑顔でいた。

健康なら楽しい都会なのに。

月曜日の夕方。

長い旅の始まりが訪れた。

雨が降っていた。

冷たい雨だった。

父親は、古い軽自動車に荷物を積んだ。

母親は大判のタオルを優菜にかけた。

雪降る寒い夜に。

狭くて小さな車。

それでも、車内は暖かくしてた。

優菜の笑顔があった。

寄り添い、自分のために両親が同じところを見つめていることが、嬉しかったのかもしれない。

バスタオルにパジャマ。

お気に入りのぬいぐるみ。

たのしい旅行に行くための街に。

病と闘うために乗り込む。

「行ってきます」

「がんばってね」

3人を乗せた車は、遠い街に向かい走り出した。

夜には峠で雪が積もるだろう。

秋雨の悲しいドライブ。

優菜はそれでも、両親がそこにいるだけで、嬉しそうだった。


その一か月後。

のぶ子が病院へ行った。

優菜のそばで、入院生活を支えた。

普段は穏やかな優菜が、のぶ子を怒鳴る日もあった。


「おばあちゃん!あっちいって!」

わがままも、薬の副作用の苦しさからだった。

髪が抜けた。

それでも、坊主になった頭で、変顔して笑わせた。

クリスマス、

豆まき、

やがて桜が咲く。

退院の日が近くなる。

なんどか会った、患者のお爺さんに、退院できる喜びを語った。

どんな痛い検査でも、泣かなかった。

一度だけ。

大泣きした。

中学の制服のことだった。

電話で、母親が制服のおさがりのことを話した時だった。

「そんなの。嫌だ!」

看護師さんが心配して駆けつけた。

大泣きした優菜の声が廊下まで響いた。

のぶ子に抱きしめられながら、ふたりで大泣きした。

結局、新品を買ってもらった。

辛い検査。

抗がん剤。

いくつもの山を越えて、我慢の日々。

少しおくれての中学生活。

夏服に変わるころ。

再発した。

再び、都会の病院へ行くことになった。

前日は、仲良しのお友達も呼んで、いつも通りに過ごした。

ご飯を食べて、ゲームで遊んで。

ふざけて踊って。

のぶ子は時間が止まればいいのにと、思った。


再び、あの場所に戻るのだ。

二度と来ないと誓った場所に。

時間は過ぎる。

あっという間に。

友達も帰る時間になった。

いつも通りに玄関で見送った。

「頑張ってね、あした」

「うん」

優菜の手を握った。

いつもと同じ時間。

テレビゲームで盛り上がった日。

夫婦仲もこの日は、昔のようだった。

家族4人で過ごした。

話をしたのは、これが最後だった。

秋になっても、冬になっても、帰ってこなかった。

そして。

父親の正月休みを待っていたかのように、天国へ旅立った。

あの日のドライブ。

秋雨の夜。

親子3人は、どんなにか辛かっただろうか?

また、同じ時刻になる。

お昼すぎ、「おばあちゃんの絵を描いたよ」と見せてくれた時刻になる。

両親のことが大好きだった優菜。

結局は、二人の仲はこじれてしまった。

でも、あの日、手を取り合い戦ったのは、間違いない。

仕事の合間に、娘のために、どんなにか時間を作ってそばにいたか。

いまも、優菜の笑顔がみんなの心に中にある。

見送った小さな車のうしろ姿を、いまものぶ子は忘れられない。

古くて小さな車だった。

ウインカーが、左につく。

これから向かう300キロ離れた病院へ、娘を助けるために、車が走る。

車内の夫婦の姿が思いうかぶ。

夜に向かう空の闇と、秋雨のなかで。

「楽しいドライブだったら、よかったのにね」

のぶ子はつぶやき涙ぐんだ。

「ゆうちゃん。」

優菜ちゃんが描いた、おばあちゃんの絵に話しかけた。

























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る