いじめ―亜人ちゃんは語りたい―
―――翁は『亜人ちゃんは語りたい』という、亜人がメインであるが、その亜人と教師とのコミュニケーション・コメディとでもいうべきような作品を観ていた。
(面白い…)没入しつつあった。しかしながら、やはりこの作品にも安住できる場所は容易には見つからなかった。――――
――――戸張翁の意識は『亜人ちゃん』の高橋という教師と同じ、現職時代へ落ちていった。――――
――――【戸張の現職時代】
寡黙に今日も通信制高校の廊下を歩いていく。目的地は職員室とも呼べない生徒の受付も兼ねた事務的な部屋。そのまた部屋は半分壁のないために生徒の出入りは自由だった。――――
――――戸張は本日、一人の生徒…厳密には生徒とその母親との面談があった。……一応、職員室の自分に割り当てられている椅子に座ったが、三者面談まであまり残された時間は無い。現在、午後1時前。
若い、今こそ女の春〈という歌があるが、ここでは単純に詩的表現と思ってもらいたい〉と言わんばかりの女生徒が彼をからかって、カラオケに行こうよー、などと言ってくる。
もう50を過ぎた教師戸張は、馬鹿を言うもんじゃない、と小声で言って、その生徒を一瞥して、それきり黙っている。
彼女は彼女で、それを見て軽く笑っている。勿論前述の誘いは冗談に違いない。
ただ戸張には、本気でないのは解っていながらも、一々それが苦痛であった。
この池袋会場では週三日の勤務で済むから、それを考えると、まだよかったが。――――
――――もう時期に三者面談の時間である。現在午後1時24分。
戸張は、面談用と形容してもいい、丁度良い大きさのの部屋がある。そこへ足を運んで行った。
すると勝手口の様な随分と…反語を使えば素晴らしく出来上がった出入り口から―――母と息子に見える二人が入ってきているところだった。
戸張は親子を案内した。―――(こういう他人行儀なことは、すんなり出来るという私の精神…)――――ということも、頭に上がってきた。
それは、彼が一応は不思議に思う自然と相手にできる姿勢だった。――――
――――三者が席につき、必然今後の話をするわけだが、勿論ここでも社会の慣例にならって、挨拶から全部はスタートした。
「こんにちは、首藤と申します、この度は、お世話になります。」
態度から温和な印象を受け、それでいて、しっかりした母親の様子が窺がえた。
色々と書いてきてもらった資料によると、偶然にも、この母親も高校教師だという。
だが全日制で今は進学校で勤務しているらしい。
(なるほど、確かに教師っぽい雰囲気だ…進学校か…私には到底無理だな)
事務的な話を済ませると、話題は無論、子供のほうへ移っていった…。
「えっと僕は、勉強が今、全然できなくて、この間の期末もひどいものでした。…つまり進学校が合わないんです。」この子も進学校に縁のある子だった。―――「故に中学校の時に得意だった美術の道へ歩を進めようと決心しました。」しどろもどろではあったが、息子が現況を話し出した。
「昼は通信制、夜は美術予備校のコンビネーションで行こうと思っていまして、全くの素人同然と言えばそうなのですが…。美術も成績が5だったからという理由だけで…。ただ僕は、あのまま進学校に居ては自分の人生が終わってしまうという、どうしようもない危機感が拭えなくて転校することにしたのです。そこでお伺いしたいのですが、課題をこなせば僕の同級の皆と同じ時期、つまり約3年後に卒業出来て、大学を受験できますか?」―――
――――(完全にいじめでの転入組じゃないか。美術?そんな才能の世界を言い訳にして随分と自信たっぷりに、ご高説を並べられるものだ。卒業はできるだろう。この学校で真面目にやってれば―――つまり中学生レベルの勉学の内容のため普通にやっていれば卒業できないほうが珍しいくらいのものだ。……しかしこれは美術!…普通の適当に入れる―――それこそ、この学校にもある指定校推薦を狙えばいいものを。まあ、いじめの傷が癒えて活動できればの話だがな。)
「はい、普通にやっていれば、同級生の皆さんと同じ時期に卒業でき大学の方も当たり前ですが受験資格をもらえます。安心なさってください。首藤さんの様な出来る方なら、まず安心なさって大丈夫でしょう。」
教師は、偽善的な優しい視線を親子の息子のほうへ注いだ。――――
―――――――カルマは中空にアニマの中に廻っている――――――
――――翁はハッと我にかえった。(あの子は驚愕、美大への切符を手に入れ進んでいった…〈それはデザイン科だった〉…しかも現役で…。携帯で首藤君が撮った彼の作品を観た時はカッコいいと思った。美術に疎い私にあの子は、これはモリエールという石膏なんですよ、と教えてくれた…〈戸張は、モリエールのエリエールに近い響きのために今日でも忘れずにいた〉――――思い出をまさぐりすぎた…)――――
―――――「上野の山まで歩いて西洋美術館で一休みという事でもやってみようか」と、独り言ちた。――――
――――そして正午頃、戸張は上野山を歩いた。何人かのそれこそ上野にある芸術系の大学の生徒とすれ違いながら――――
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