第234話 スノフリド商会

 エリザベスとエドワードに案内されて、俺たちは街の中心部にあるスノフリド商会を訪れた。


 石造りの建物がところ狭しと建ち並ぶ街中で、スノフリド商会は大きな敷地を持っていた。広い中庭には、立派な庭園があり、噴水まである。


 ただ優雅な貴族の庭とは違って、そこかしこで商人たちが大声を上げて取引交渉をし、荷物を運ぶ人の波が絶え間なく行き交っている。


 三階建ての大きな建物に向うまでの途中、人間以外の種族の姿も見かけた。どうやらスノフリド商会では金儲けは種族を越えるらしい。これは良い傾向だ。もしかしたら、グレイベア村との取引も扱ってもらえるかもしれない。


「魔法使い様とライラ様は、こちらへ」


 そう言ってエリザベスが、俺とライラを建物の中へ案内してくれた。他の人たちは、食事休憩を取れるように、エドワードが大食堂へ案内して行く。


 建物の中は、外観とは違ってとても静かだった。一瞬、別世界に来たような錯覚を覚える。


 ただ静かと言っても、耳を澄ますとそこかしこで、取引や何かの相談をしている声が聞こえてくる。


 立派な石柱が立ち並ぶ大広間を通り抜け、エリザベスが案内してくれたのは、一階の奥まった場所に部屋だった。


 ドアの前でエリザベスが立ち止まると、ドアマンがノックをして俺たちの到着を告げる。


 スーッ!


 両開きのドアが内側から開く。


 さぞや豪華な調度品で溢れた部屋が待っているのだろうと思っていたが、机とソファがあるだけのシンプルなものだった。といっても、机もソファもかなり値の張りそうな立派なものではある。


 部屋に入ると、一人の初老の女性が机の椅子から立ち上り、俺の前に飛ぶように近づいて来た。


「私はマリー・スノフリド。スノフリド商会の当主よ。あなたが私の家族を救ってくれた魔法使いね! 本当にありがとう! 心から感謝するわ!」


 そう言って握手を求めて来たマリー・スノフリドは、エネルギッシュな雰囲気の女性で、老人と呼ぶのは失礼と思えるくらい若々しく見える。


 柔らかいオーラと、優しい笑顔を持つ女性ではあるのだが、その目つきの奥には鋭い輝きが宿っており、俺の心の中まで見透かされているような気がしてしまう。


 印象を一言で言えば、米帝大統領夫人と言った雰囲気を持つ女性だった。


 スノフリド商会の当主ということから、前世における女性社長や起業家が脳裏に浮かび、どうにも緊張してしまう。

 

 俺の一挙手一投足に対して、ボーナス査定が下されているような気がする。


 何故か圧迫面接を受けているような緊張感が襲ってきた。

 

 ト、トイレに行きたいかも……。


 そんな俺の腸事情などお構いなしに、マリー夫人は俺の手を強く握り締める。


「娘の命を助けてくれて、ありがとう。本当に……本当に……ありがとう」


 彼女の瞳から大粒の涙が流れ落ちるのを見て、俺の腸は緊張から解放された。


 とりあえずトイレは今じゃなくても問題ない。


「さぁさぁ、とりあえず二人とも座って! 凡そのことは娘から聞いているけれど、ぜひあなた達から詳しくお話を聞かせて頂戴な」


 マリー夫人は、俺の手を握ったまま、俺とライラをソファに座らせた。


 俺がアルミン一家と出会ってから、ここローエンに辿り着くまでの経緯について話す。その間、ライラはお茶と菓子をひたすら食べていた。


「娘の姿を見た時は本当に驚いたわ! もしかして今、自分は夫と一緒に娘を育てていて、老人の私は幻なんじゃないかって、混乱してしまったくらいよ!」


 そう言ってマリー夫人は無邪気な笑顔を見せる。


 もしかして、夫人は娘がこのまま一生幼女として生きなければならないことを知らされていないのか。


「あの……その……娘さんは、この先もずっと……」


「そのことは聞いてるわ。娘がどんな目にあったのか、どうなってしまったのか……。でも、子供の姿のままなら、娘はずっと生きていけるのでしょう?」


 夫人の瞳が不安で揺れる。


「ええ。ただ身体は幼い子供のそれですので、病気や怪我に注意する必要がありますが……」


「それで十分よ。でも、元に戻す方法があるとも聞いたけれど……確か賢者の石が必要とか」


「あくまで可能性のお話です。正直、お勧めしません」


「そのことも聞いてるわ。でも、使うかどうかはともかく、賢者の石は探してみるつもりよ」


 そう言って、マリー夫人は俺の瞳を覗き込んで来た。


 まるでマリー夫人の眼から触手が伸びて来て、俺の脳みそを掻き回しているような感覚に襲われる。


 もしかして、何かのスキルを発動しているのかもしれない。 


 ヤバイ……賢者の石のことがバレてる気がする。


 というか、この時点でかなり動揺している俺を見れば、誰だって何も思わないはずもない。


 仕方ない。ここは正直に話しておくか。


 バレるような嘘をついて、信用を失うのも嫌だし。もしかすると将来、グレイベア村の取引相手になるかもしれないのだ。


「俺……私は、これまでに二つの賢者の石を見ています。それがどこにあるのかは言えません。ただ……まだ他にもあると思います」


 うろ覚えだが、賢者の石をシュモネー夫人から巻き上げた……譲り受けた時、「今はこれだけしかない」みたいなことを言っていた気がする。


 ということは、賢者の石はまだ他にあるということ。少なくともあの時のシュモネー夫人は、他の石を調達できると確信していたということだろう。


「そう……なら、やっぱり探してみるわ」


 マリー夫人の瞳の奥がギラリと一瞬輝いた。

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