第235話 スターベリーとブルーベリー
スノフリド商会の当主であるマリー夫人が、賢者の石を探すという意志を固めたようだった。
港湾都市ローエンの交易を担う三大商会の一角でもある組織が本気で情報収集に当たれば、ルカちゃんとライラが賢者の石を持っていることを知るまでに、それほど時間は掛からないだろう。
というか、既に俺の視線の動きでライラと賢者の石について何かあると、マリー夫人は感じ取っているかもしれない。
一応は、釘を刺しておくとするか。
「賢者の石の捜索に当たっては、私の知っている二つの石の所有者から奪おうなどとしないでください。私を敵に回すことになります」
「そうね。でもどうやって注意すればいいのかしら」
「その二つの石は、その持ち主が常に身に着けているものです。それを奪おうとさえしなければ大丈夫ですよ」
マリー夫人が頷いた。
「ところで……」
とにかく話題を変えようと頭を巡らしていたが、ふと、大事なことを思い出した。
「私の村では良質のスターベリーとルミナスグレイン、ゴールデンルーツが特産品となっているのですが、マリー夫人のところで取り扱っていただけたりしませんか?」
「スターベリー?」
「はい。こちらがうちのブルーベリーじゃなかった、スターベリージャムのサンプルです。ぜひお試しください」
そう言って、俺はネットスーパーで購入したブルーベリータルトを夫人に差し出した。
ええ、もちろん、スターベリーではありませんよ。ありませんが、ライラの商品研究所で疑似ブルーベリータルトは、再現レベルAAAを取っているので、ここでモノホンを出したところで問題ない。
だって、あくまでサンプルだもの!
こういう感じの商品ですよってサンプルだもの!
詐欺じゃない!
よね!?
と、額から汗を流す俺を訝しく眺めるマリー夫人。さすが商売人、俺の内心を見透かしているようだ。
「ふーん、スターベリーねぇ……」
パクッ!
「んっ!?」
ブルーベリータルトを口にしたマリー夫人の大きく目が開かれる。
「これは美味しいね! 凄い質の良い素材を使っているのが一口で分かったよ」
マリー夫人の口の中に、ブルーベリータルトが消えていく。
「私自身には個々の品の扱いについての権限はないんだよ。全部、公益部門に任せているからね。でも、そこで扱ってもらえるように、頼んでみるよ。うちの商会の取引パートナー証を発行させるから、話が終わったら公益部門に行ってみるといい。ちなみに、この証明書があれば、港湾都市の全ての商会とその参加にいる商人たちと取引ができるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして! 娘や孫たちの命の恩人だからね! 私にできることがあれば何だって協力させてもらうつもりよ」
え? 今、何でもって言った?
ということで、マリー夫人には、一緒に連れて来た戦争難民たちの保護をお願いした。グレイベア村へ来ることを望んでいる者については、戦争が終わって南北の海路が開通するまで、ローエンでの生活を保障してもらうことになった。
ついでにイザラス村に向かう馬車の手配もしてもらった。グレイベア特産品の取引契約を取るために、数日滞在したら、すぐに出発するつもりだ。
~ スノフリド商会庭園 ~
公益部門に行って、取引パートナー証を発行してもらった後、担当者に庭園の一角に案内された。
そこでは身なりも立派な人々が、飲み物を片手に、楽しそうな笑顔で話をしていた。
耳に入って来る会話から、取引交渉を行っているらしいことは分かる。
「こちらが食糧関連の商人たちの区画になります。それでは……」
それだけ言って、担当者は俺とライラを残して去って行った。
えぇっ!?
こんなところに放り出されても、俺たちどうすればいいの!?
何!? もしかして、こっちからここにいる商人たちに声を掛けるの?
前世からコミュ力ゼロの俺に、そんなの無理ゲー過ぎるんだけど!?
……などというのは俺の杞憂に過ぎなかった。
小さな女の子を連れて、ボケッと突っ立っている俺を、チラッとみた商人の一人が声を上げながら近づいてきた。
「おぉ、それはパートナー証ではないですか!? その若さで会長に認められるなんて、いったいどんな大きな商売をなさっているのですか!」
その声を聞いた商人たちの注目が一斉に俺に集まる。
「何? パートナー証!?」
「スノフリド会長と直接面会できるというアレか」
「若いな……身内なのかもしれん」
「これは早くご挨拶させていただかなくては……」
ワラワラという音が聞こえてくるほどの勢いで、沢山の商人が俺とライラの周囲に湧いて来た。
「どのような食材を取り扱っておられるので?」
そう聞いて来た商人に、俺は待ってましたとばかりに、ブルーベリータルトを取り出して皆に配った。もちろん、ここに来る前にネットスーパーで仕入れておいたものだ。
他にも、ブルーベリージャム、ドリンク、ブルーベリーの入ったお菓子などを配り、皆に試食してもらった。
結果は大好評。スターベリーの品質の高さに皆が驚いていた。
まぁ……あくまでブルーベリーであって、スターベリーではないんだけどな。
だが問題ない! スターベリーはきっとこれより美味しいはずだ!
ねっ! ライラ!
試食品のブルーベリータルトを頬張りながら、ライラは頷いた。
「おいしいれす! シンイチさま」
うん。聞いてなかったね! 知ってた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます