第228話 全裸のアルミン一家

 さっきからルカが何だか不機嫌だ……。


 怒っている理由はわからないが、怒った顔をして俺の鼻をレロレロ舐めてくる。


 鼻先がこそばゆい……。


 というか鼻が熱い……。


 まさかルカの奴、俺の鼻を火傷させるつもりか!?


 ちょっ! 鼻先レロレロがさっきより熱くなってきた!


 熱い!


 鼻が熱い!


 このままじゃ鼻が火傷しちゃう!


 ルカちゃん、レロレロ止めて!


 だから!


「熱いってば!」


 ハッ!?


(ココロ:よかった! やっと意識が戻りましたか!)

(シリル:静かにして! 声を上げちゃ駄目)


 俺は目を覚ました。


 混乱する頭のまま、俺は自分の最後の記憶から、現在の状況を把握しようとする。


 たしか魔術師が、俺たちに向けて眠りの呪文を詠唱していた。


 あの詠唱は、ネフューが魔術を使ってコボルトたちを眠らせたときに唱えていたものと同じ呪文だ。


 ということは、俺はあのとき食堂で眠らされたのか。


 それで……ここはどこだ?


 か、身体が動かない! 全身がロープで縛られていた。


 背後から声が聞こえて来た。


「もしかして、もう目を覚ましたのかギョ?」


「まさか! よほど激痛でも与えない限り、少なくとも丸一日は眠っているはずですよ」


「だってさっき何か叫んでたギョ!」


(ココロ:とりあえず眠ってるふりです!)

(シリル:寝言のフリをしてください)


 と、とりあえず二人の言う通りにしよう。


「ムニャムニャ……。 たこ焼き熱いぃぃ。ムニャムニャ……」


 フゴォォオ! スピーッ……スピーッ……スピーッ!


 寝言っぽいことをつぶやいた後、俺はいびきをかいて寝息を立てるフリをする。


「いくら眠りの呪文でも、寝言までは止められないですよ」


「ふむ。仕方ないギョ。どうせこんな見た目が凡庸な男はダゴン様の贄にふさわしくないギョ。ダゴン様に捧げる美男美女と子どもは十分揃っているから、こいつは儀式の後の宴会料理になってもらうギョ」


 よし、こいつはエターナル幼女にして海に放り込んでやろう。


 魚面の顔を確認しようと俺が首を動かそうとしたときに、トンデモない光景が目に入ってきた。


 それは巨大な祭壇の間だった。巨大な柱が何本も立ち並んでおり、その最奥部には、巨大なオコゼの頭の像が置かれている。

 

 灯火台の揺らめく炎と、大きな香炉から立ち昇る煙によって、巨大なオコゼ頭の恐ろしさと邪悪さに一層拍車が掛かっていた。


 周囲からは低く耳障りな声、まるで溺死した死人が生き返って、呪いの言葉を吐いているかのような声が聞こえてくる。


 何度も繰り返されるその地獄の詠唱が、否が応でも耳に入って来た。


「星辰のとき、深き海に、今宵、星降りる」


 闇の中、柱に据え付けられている松明の光に照らされる魚面たちが、詠唱を繰り返しながらオコゼ頭に向かって、何度も頭を下げている。


 超コワイんですけど!


「我らが主、来たれり。我らが主、来たれり」


 しゃがれた声で、何度も繰り返されるその詠唱に、俺はゾッとした。


「狂気と恐怖。苦痛と悲鳴。今宵、星降りる」


 魚面たちは、もはや人を真似るのを止め、服を脱ぎ棄てて、全裸でオコゼ頭に向かって頭を下げている。


 ほらぁぁああ! やっぱりアイツら背びれがあるじゃん!


 水かきもあるじゃん! というか、どうやって隠してたのそれ!?

 

 怖ええぇえええええ!


 あれでしょ! 俺たちを生贄にして邪神に捧げるんだろ!?


 ゲームや映画と違って、どうせ助けなんてこないんでしょ!


 いやぁぁぁだぁぁぁああ! 


 ホラー映画さながらの舞台に、俺はパニックになりかけていた。


 恐怖に捉われるあまり、逆に、その恐怖の頂点に座している巨大なオコゼ頭の像から目が離せなくなってしまう。


 オコゼ像の前には、ペンタグラムが描かれた祭壇があり、各頂点に長方形の石の土台が置かれていた。


 それぞれの石の台は、上が平らなになっており、その上に全裸の人間が寝かされている。


 まるでまな板の上に乗せられた魚のように、全裸の人間が寝かされていた。


 というか、5つの石台に仰向けで寝かされてるのアルミン一家じゃんかぁぁ!


 ちょぉおおおおお! 


 各石台には魚面がひとりずつ立っていて、その手には黒い短剣が握られている。


 今、魚面たちは、オコゼ頭の像に向って祈りを捧げているものの、黒い短剣を持っている連中は、短剣を頭上で振り回しながら踊っていた。


 その手がいつ生贄たちの上に振り落とされるのか、気が狂いそうになるほど不安でしかない。


 ふとペンタグラムの中央にも石棺が置かれていることに、俺は気が付いた。


 各石台からは、中央の石棺に向かって溝が彫られている。


 5人の生贄の血が、この溝を通って石棺の中に流れ込むのだろう。


 だってそれ以外に、こんな溝を作る必要ないじゃん! ないよね? 他に何流すっていうの!?

 

 ホラー超苦手な俺の精神は、この悪夢の光景によって既に正気を失いつつあった。


 恐怖に捉われた俺が、失禁するまであと一歩のところだった。


 だが――


 それが最後の恐怖だった。


 俺は石棺の中にいる少女に目が留まる。


 そこには――


 全裸のライラが寝かされていた。


 てんめぇええ!


 いくら幼女とはいえ、ライラの裸を見て良いのは俺だけなんだよ!


 俺のライラを、


 俺だけのライラをひん剥きやがって!


 てめぇら全員、ぶっ殺してやる!

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