第227話 宿屋「まな板の鯉亭」

 山奥のさらに奥にある観光の街リトルミナス。


 いかにもホラーな街に到着した俺たちは、突然現れた魚面ピエロ男に案内されるがまま、まな板の鯉亭という宿屋に入る。


 それから、あらよあらよという間に、俺たちは街の人たちに囲まれて食事を取っていた。


 魚面ピエロ男も、宿屋の主人も店員も、食堂にいる街の人も、全員が俺たちに愛想よく振る舞ってくれていた。


 愛想良すぎて、逆に俺は怖かったが、アルミン一家は上機嫌で魚面たちに応対している。


「さぁさぁ、今日は星辰祭のおめでたい日ですギョ! どんどん飲んで喰って、楽しいお祭りをお過ごしくださいギョ!」


 魚面の街の人Aが、しつこく俺にワインを進めてくる。


「あっ、すみません。自分、お酒は飲めないんです。ところで、帰っていいですか?」


「それは残念だギョ! ならお酒の代わりに果実を絞った飲み物を用意するギョ」


 そう言って魚面Aが、魚面ウェイトレスに注文を出そうとするのを押しとどめ、おもむろにカバンからペットボトルを取り出す。


「あっ、すみません。自分、特異体質なもんで、この富士の天然ミネラルウーロン茶しか飲めないんです。ところで、帰っていいですか?」


「それはお気の毒だギョ。なら、ここにある料理をたっぷりと味わってくださいですギョ! 海の幸! 海の幸! 海の幸を取り揃えておりますギョ」


 俺が一生懸命、食事を断ろうと奮闘している間、アルミン一家全員がもうレッツパーリィー状態で飲み食いを満喫していた。ライラは大人しく俺の後ろで、富士の天然ミネラルウーロン茶を飲んでいる。


 突然、エドワードが立ち上がってワインを一気飲みを始めた。


「エドワード殿! さすがはお貴族様の跡取りですぞ! これはワインをもう一本どうぞですギョ!」


 エドワードは妹や魚面たちに乗せられて、先ほどからずっとワインをがぶ飲みしている。


「さぁさぁ、もう一杯ぐぐぐぃぃっとですギョ!」

「おぉ、一気に飲み干されるとは! 男らしいですギョ!」

「兄上、凄いぃ!」※ローザ

「兄……カッコイイ……」※アリス


 姉と母は、さすがに飲み過ぎではと心配しているようではあるけれど、それでも止めようとはしなかった。


 第一印象は理知的でクール男子な印象だったエドワードだが、既に俺の中ではおバカキャラに転落している。


 それにしてもなんだろう、このアルミン家の連中。この怪しい街や魚面たちのことが気にならないんだろうか。あまりにも無警戒過ぎて、俺の方が心配になってくる。


「あら……お兄さんは飲まないギョ?」


 胸元をはだけたセクシーな女性が、俺の隣に座ってきた。スタイル抜群の彼女は、俺に寄りかかってきて、胸を押し付けてくる。


 だが俺はそんな誘惑に屈することはなかった。


 というか屈するわけがない。


 というか屈するとかそういう次元じゃない!


 だってこの女……


 魚臭ぇええええ!


 しかも隣で間近に顔を見ると、魚面がマジ魚面であることがわかる。


 俺の額から脂汗がダラダラと流れるのを見た魚面女が、さらに身体を寄せてくる。


 うぅ……磯臭ぇええ。


 宿の食堂に入った当初は、テーブルに並べられている料理が海の幸ばっかりだったので、それで磯の匂いがするんだなと思っていた。


 だがこの魚面女そのものが磯臭いのだ。何? もしかしてさっきまで漁に出てたの? というくらい、磯臭い。


 俺の戸惑っている様子を見た魚面女は、俺の顔を覗き込んでくる。


 というか魚眼のギョロ眼でこっちを見ている。


 餌を見つけた時の魚の目だよ! 怖い!


「ふふっ。照れちゃってカワイイギョ……」


 照れてねぇ! 青ざめてんだよ!


「お、お、お姉さん? さっきも街の人に言ったんですけど、俺は酒飲めないんで……すみません。帰っていいですか?」


 そう言って俺は、立ち上がって魚面女から離れた。


「あんっ! お兄さんったら、つなれないギョね! イ・ケ・ス!」


 思わずブチ切れて【幼女化】しそうになったのを、超自制心を働かせて堪える。


 だいたいイケスってなんだよ! 生簀かよ! そこはイケズだろ!


「はぁ……まったくこの観光客は面倒だギョ……」


 魚面ピエロ男が呟くのを聞いた俺は、アルミン一家全員がテーブルに突っ伏していることに気が付いた。


「なっ!?」


 俺は慌てて立ち上がり、アルミン一家一人ひとりの様子を確認する。

 

 スピーッ! スピーッ! スピーッ!


 アルミン一家は全員が気持ちよさそうに眠っていた。


「まったく! こいつらみたいに催眠剤入りワインを飲んでいれば、魔術師に頼まなくてもすんだギョ」


 魚面ピエロが恐ろしい表情で俺を睨んできた。


 知ってた! 知ってたよ! お前らがホラーな奴らだって!


 もうさっさと【幼女化】してこんなところ立ち去ろう……


「しん……いち……さま」


 パタンと音がしたので、振り返るとライラが床に倒れていた。


「ライラッ!?」

 

 慌ててライラに駆け寄ると、彼女は気持ちよさそうに眠っていた。


 んっ? そういえば魚面ピエロが魔術師って言ってたような……


 まぶたが落ちていく中、


 食堂に紫色の煙が立ち込めていたことに今更気が付き。


「夜のとばりがひろ広がりて ヒプノースの手は瞼にかかる とく眠れ とく眠れ」


 いつかどこかで聞いたことがあるような、そんな気がする詠唱を耳にしながら……


 俺は安らかな眠りへと誘われていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る