第225話 分かれ道

 俺とライラ、アルミン家5人の一行は、馬車を使って旅を再開することとなった。

 

 馬車を曳いている二頭の馬の他に、山賊からも二頭連れている。


 この二頭はあくまで全うな取引で得た馬であることは、声を大にして主張しておきたい。幼女となった山賊たちは姿を消していたので、その場に馬の代金としてポケットで干からびていたマウンテンベリーを二粒置いて来た。完璧な商取引である。


 ちなみに馬車の御者ができるのは、俺とライラだけだったので、二頭の馬にはエドワードとエリザベスが乗っている。


 移動速度は早くなったものの、馬車が通れる道を選ぶと内陸部に大きく迂回することになる。人数も馬も増えたので色々と手間も増え、結果的には、旅の進行は遅くなっていた。


 のんびりできる旅ではないが、下手に急いで怪我や事故を起こしてしまったら目も当てられない。そう腹を括って、俺はのんびりかつ慎重にローエンを目指していた。


 途中、切り立った崖を回避するために、西に大きく迂回することになった。


「魔法使い様、あの……」


 金髪をポニーテイルに結んだ、エリザベスが馬上から俺に話しかけてきた。背筋をピンっと伸ばした姿勢で、いかにも貴族のお嬢様然として馬を乗りこなしている。


「シンイチでいいよ。そういえば俺は名前で呼んでるけど、良い?」


「も、もちろんです、シンイチ様。そ、それでですね、わたくしたち迂回してから二日も進んでいるのですが、本当にこの道で良かったのでしょうか」


 実のところ、それは俺も自身がない。


 ずっと峡谷を右手に進み続けてきたものの、馬車で北側に渡れるような場所は見当たらなかった。


 俺が考え込んでいると、アルミン夫人(幼女)が代わりにエリザベスに答えてくれた。


 実のところ、この西への迂廻路を通るよう俺たちに提案したのは、アルミン夫人なのだ。


「あと数日はかかるんじゃないかしら。この大峡谷は内陸へ深く入り込んでいるのです。平時であれば、海岸にある渡し舟を使うのですが、あなたも見たでしょう?」


 夫人は馬車の上から、エリザベスに話しかける。


「海岸にあった街ですね。渡し舟を待つ人たちで溢れていました」


「さすがにあそこで何カ月も待ってられないわ」

 

 ローエンに向っていたアルミン家は、渡し舟を利用しようとして、河口際にあるその街に立ち寄ったらしい。渡し舟と言っても、人が渡るだけでなく、馬や馬車も対岸に運ぶような大型の船ということだった。


 大陸東岸の南北を最短距離で結ぶルートであることから、交通の要所となっているこの街は、戦時や平時を問わず、常に賑わっていた。渡し船を待つ順番も、一カ月くらい待つのは珍しくないらしい。


 アルミン家が街に到着したときには、3週間待ちと言われたそうだ。


 そこで一度道を引き返して、西の迂廻路を目指そうとしていた矢先、山賊に襲われてしまったのである。


「それにしても、こんなに険しい道がずっと続くなんて思ってなかったわ。景色は素晴らしいのですけれどね……」


 夫人は馬車の上から、峡谷の景色を眺めながら呟いた。


 そうこうするうちに、俺たちは分かれ道に差し掛かった。


 真っ直ぐ進む道は、今まで通ってきたのと変わらない峡谷の道だ。轍の跡はあるので馬車が通った道であることは間違いないのだが、ほぼ山道と言っていい。


 一方、左に分かれる道は小石で舗装されている。道の両側に側溝が掘られていて、明らかに人の手によって整備されている立派な道路である。


 俺は馬車を停めて、休憩を取りながら、どちらの道を行くか話し合うことにした。


「このまま峡谷を進むべきです。一刻も早くローエンに入りたい」※エドワード(このまま進むに一票)

「この綺麗な道、きっとこの先に街か村があるに違いないですわ。宿があるなら、せめて一日だけでも身体を休めたいです」※エリザベス(立ち寄るに一票)

「ベッドで眠れるの?」※アリス(立ち寄るに一票)

「わたしは、寝袋で寝るの好き!」※ローザ(このまま進むに一票)


 見事に分かれた。俺としてもこのまま急ぐか、村があるなら立ち寄るか、どちらが良いのか分からない。


 ライラは俺の決断に従うと言っている。


 とういうわけで最終的な判断は、アルミン夫人(幼女)の手に委ねられた。


「夫が、もし迂廻路を通ることになったら、早く抜けてしまいたいと言っていました。途中に、色々と怖い場所があると」

 

「母上、それは山賊のことじゃないでしょうか? この険しい山の中であれば、彼らの巣窟があってもおかしくないですもの。でもこの立派な道が、山賊たちの手によるものとは到底思えませんわ」


 エリザベスの主張に、夫人はしばらく頭を悩ませた後、結論を出した。


「そうですわね。とりあえず、村があるかどうか少し進んでみるくらいは良いのではなくて?」


 母親の出した結論に、エドワードとアリスもしぶしぶ了承する。


 こうして、俺たちは舗装された道を進むことにした。


 とりあえず陽のあるうちは進んでみて、何もなければその場所で野営し、翌朝引き返すということになった。


 舗装した道に馬車を進めながら、


「村があるなら、標識くらい立てとけばいいのになぁ」


 と、後にして思えば超重要だったこの気付きを、俺は完全に見落としていた。


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