第224話 黒糖ショウガドリンク
とりあえず、俺は魔法使いという体で話を進めることにする。
「ま、ま、魔法使い!? そんなのいるわけないじゃないですの!」
とエリザベスが俺に詰め寄って来たので……
「【幼女化】(意識継続:一時間)」
ボンッ!
幼女をもう一人増やしてみた。
「姉さん!」
エドワードが俺に向ってこようとするのを、ライラが立ち塞がって制止する。
「エドワード! 座りなさい! この方は私の命を助けてくださったのですよ! エリザベスもです! この方への無礼は母が許しません!」
幼女(アルミン夫人)が、エドワードを鋭く叱責する。
「「母上……」」
エドワードと幼女(エリザベス)がシュンッと小さくなるのを見て、幼女(アルミン夫人)は優しい声で二人に話しかける。
「二人は、倒れているときの私を見ていますね。私は……」
そこで夫人は一端言葉を切って目を閉じる。
「お腹を裂かれて私は、ただ死を待つだけでした」
夫人は、大声で泣き始めた二人を優しく抱きしめながら、俺の方を向いた。
「もしかしたら、もう死んでいるのかもしれませんね」
その場にいる全員の視線が俺に注がれる。
ローザとアリスが不安そうに夫人を見ている。
「母上、死んじゃったの?」
「死んでない……ここにいるのは母上……」
俺は子供たちの頭を撫でながら、夫人に話しかける。
「あなたは死んでませんよ。ただ……」
エドワードと幼女(エリザベス)が泣くのを止めて、続く俺の言葉を待つ。
「あなたが今生きていられるのは、その幼女の姿でいるからです。幼女の姿を解いた瞬間、恐らくあなたは死んでしまうでしょう」
「……そう……ですか」
「ど、どうにかできないんですの!?」
「お、お願いだ! 何でもする! どうか母上を助けて欲しい!」
エドワードとエリザベスが必死に俺に訴える。
「もう命は助けてる。これ以上は何もできないよ」
「「そんなっ!!」」
厳密に言えば嘘である。俺は致命傷を受けたライラを元に戻そうとしているのだから。だがそのための代償として、悪魔勇者を倒さねばならない。それだけのことをして、天上界の温情をようやく受けられるというだけの話だ。
なおも食い下がって来る二人に、俺は厳しい顔を向けて告げる。
「賢者の石を手に入れることができれば、母親の命を保ったまま元の姿に戻れるかもしれない。だがそれも可能性の話だ。元に戻った瞬間、母親は死ぬかもしれない。それでも良いというなら、俺のところに持ってくるといい」
「け、賢者の石……」
「そ、そんなおとぎ話に出てくるような宝物なんて……」
がっくりと肩を落とす二人を、慈愛に満ちた目で見つめながら、幼女(アルミン夫人)が言葉を掛ける。
「二人とも、わたしは今、生きて二人と、ローザとアリスと会えて本当に嬉しいのです。この魔法使い様との出会いは、女神ラーナリアの与えてくださった奇跡に違いありません」
「母上!」
幼女(エリザベス)が幼女(アルミン夫人)に飛びついてヒシッと抱きしめる。
「魔法使い様……わたしはずっと幼子の姿のままですの?」
「はい。怪我や病気で命を落とすか、あるいは寿命を迎えるまで、その姿のままです」
正確には死んだ後でもだ。幼女のまま朽ちていくことになる。
「そうですか……」
幼女(アルミン夫人)は、一度うつむいた後、再び顔を上げた。
笑顔だった。
「それはよかったわ! 母はずっとこの若い姿でいられるのです! シワシワのお婆ちゃんにはなれませんが、あなた達の子供や孫たちとも、一緒に遊べるお婆ちゃんになれるんですもの!」
そう言って、夫人は小さい腕を一杯に広げて子供たちを抱きしめた。
「「「「母上ぇぇぇ」」」」
縋り付く子供たちを愛でていた夫人が、ふと顔を上げて俺を見た。
「ま、魔法使い様、え、エリザベスもずっとこのままなのですか?」
母親の言葉にハッとエリザベス(幼女)が顔を上げる。
「大丈夫。彼女は一時間もすれば元の姿に戻りますよ」
「ありがとう、魔法使い様。あなたには本当に返しきれない御恩をいただきました」
魔法使い様って……そういや自己紹介してなかったな。
俺は家族が落ち着くのを待ってから、改めて自己紹介した後、父親の墓に出向いてアルミン男爵を弔った。
墓前で別れを告げる家族を残して、俺とライラは先に馬車に戻る。
彼らが戻ってきたときのために、温かい飲み物を準備していたとき、ふとライラが俺の背中にしがみついてきた。
「ライラ、どうしたの?」
「わたしを助けるために、シンイチさまがどれだけ大変なことをなさろうとしているのか……」
ライラの腕にギュッと力が込められらる。
「わたしには、その御恩を返せそうにありません」
「ライラは……」
俺は背中に手を回して、ライラの頭を撫でる。
「ライラは俺の全てだから……」
それは当たり前のことなので、当たり前のようにそんな言葉が口から流れ出る。
「……」
ライラがさらに力を込めてしがみ付いてきた。
「……私のすべてもシンイチさまです」
「そう……だったら恩なんて返す必要はないね」
「……はい」
ここに来て、今の会話の照れくささが激流のように押し寄せてきた。俺何言ってんだ!? 恥ずかしい!
「それに!」
俺は急に立ち上がって背中のライラを掴むと、グルリと廻して手前に抱き直した。
「だいたい悪魔勇者なんて、全然大したことないから! 俺の【幼女化】スキルがあればハエみたいなもんだから! 今度あったら瞬殺!」
そう言ってカラカラと笑って照れ隠しした。
「そうです! シンイチさまなら、悪魔勇者なんてハエです!」
そう言ってライラはギューッと俺の首にしがみ付いてくる。
そんな茶番をしているうちに、弔いを終えた夫人たちが戻ってきた。
彼らの顔には、寂しさを纏いながらも、これから前を向いて生きて行こうという決意が現れていた。
「おかえりなさい。温かい飲み物を用意してますよ」
そして、
俺たちは皆で黒糖ショウガドリンクを楽しんだ。
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