第221話 悪魔の所業
山賊によって攫われていた子供たちを助けた俺とライラは、これまでの経緯を尋ねた。
幼い二人の子供は、安心したせいか、大きな声を上げて泣き始めた。
二人にしがみつかれている、一番年長らしき女の子が、俺に頭を下げて礼を述べる。
「わたくしは、アルミン男爵家の長女でエリザベスと申します。この度は、誘拐されそうになっていたところを助けていただき、誠にありがとうございました」
長くて綺麗に手入れされた金髪に、鮮やかな緑色の目。上品な服装。つい先ほどまで賊に拘束されていたというのに、今は背筋をピンと伸ばして凛とした佇まいを保っている。
彼女がしっかりと俺に礼を述べるのを見て、慌てて男の子も礼を述べた。
「ぼ……わたしは、長男のエドワードと申します。ここ、この度は大変なところを助けていただき、ありがとうございます!」
彼は、茶色の短髪で、目は綺麗な青色。身長は俺よりも高く、しっかりとした体格。貴族らしい端正な顔立ちの少年だ。
姉と兄が挨拶するのを見て、二人の少女も、えずきながらも自己紹介する。
「ローザです。お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けてくれてありがど」
ローザは、カーリーな明るい茶髪に、くりくりとした茶色の大きな目の少女だ。印象的に、普段は活発で無邪気な少女なんだろう。
「アリス……助けてくれてありがと……」
アリスは、ローザと同じく明るい茶髪だが、髪はストレートで少し長め。大人しくおとなしい雰囲気を持っている。
エリザベスの話によると――
ドラン大平原に集結しようとしていたセイジュウ神聖帝国軍の進路に、アルミン男爵領があった。神聖帝国軍によって領地は蹂躙され、ついには男爵の屋敷に迫って来る。
男爵は、妻と子供たちを馬車に乗せて屋敷から脱出。北方諸国連合にいる妻の両親の元へ身を寄せることに。その途中、山賊に襲われて両親は殺され、子供たちが囚われてしまったということらしい。
「そうだ! 姉さん! 父上と母上を助け……」
エリザベスの話が一区切りついたところで、エドワードが声を上げる。だがその声は途中で消え入るように小さくなった。
「……せめて二人を一緒の場所で眠らせてあげましょう」
言葉に詰まった弟に哀しげな笑顔を向け、エリザベスが続けた。
「助けていただいたばかりで申し訳ありませんが、賊に襲われた両親がそのままになっているのです……」
エリザベスはそれ以上語らず、ただ泣き声を堪えるのに精一杯になっていた。
「わかった。急いでご両親の下へ行こう」
俺がそう答えるより先に、ライラは既に馬車の御者台に座っていた。
「さぁ、シンイチ様! みなさん! ご両親の下へ急ぎましょう!」
荷台の上の四人に少し席を空けてもらい、そこに俺とライラのマウンテンバイクを乗せる。
俺がこの場に残っていた馬の一頭に跨ると、エドワードが馬車の荷台から降りて、もう一頭の馬に乗った。
「こちらです! 急ぎましょう」
そう言ってエドワードは、馬を返して俺を先導する。
~ 埋葬 ~
雲った空から、ポツポツと雨が降り始めている。
ザァァ……
アルミン男爵の遺体は、街道の上に無惨にも晒されていた。
「父上ぇぇぇえええ!」
エドワードが馬から飛び降りて、父親の遺体に駆け寄る。
俺は馬から降りて、エドワードの隣に跪いてアルミン男爵の遺体を確認する。
あの場で山賊共は殺しておくべきだったと、心の底から後悔した。
遺体の惨さを言葉にできない。
泣きじゃくるエドワードを父親から無理やり引き剥がし、脱いだ外套を遺体の上に被せる。
「おい! エドワード! しっかりしろ!」
エドワードの肩を掴んで強く揺さぶった。
「この遺体を他の姉妹に見せていいのか!?」
その言葉を聞いて我に返ったエドワードが、俺の目をまっすぐに見つめる。
「い、いや……駄目だ……そんなの絶対に駄目だ!」
「なら、俺たちでご遺体を埋葬しよう。彼女たちの涙は、その墓の上に流される……それでいいな?」
エドワードが静かに頷く。
ライラと姉妹たちが乗った馬車が、遅れて到着した。
馬車から降りようとするライラたちを手で制止して、俺は荷台の中で待つように伝える。
アルミン家の姉妹たちは布を被って、激しくなってきた雨を凌いでいた。
「エドワード! 父上と母上は……」
「父上を見つけました! でも姉さんは来ないでください!」
エドワードの切羽詰まった声を聞いて、エリザベスが馬車の中から飛び出してくる。
俺の制止をすり抜けて、エリザベスはエドワードの隣に跪いた。
「父上!」
遺体に被せられた外套を取り払おうとする姉の腕を、エドワードが強く掴んで止める。
「エドワード! 離しなさい!」
「離しませんっ!」
エドワードが喉が潰れんばかりの声で叫ぶ。
弟の鬼気迫る表情を見て察したのだろう、エリザベスは弟の頬をもう片方の手でやさしく撫でる。エドワードが姉の腕から手を放すと、彼女もそっと腕を引いた。
「父上の亡骸はローザとアリスには見せられませんね。わたくしも……」
「姉さんには、優しかった父上の面影をずっと持っていて欲しい……」
姉弟がしばらく黙ってお互いの目を見ていた。
「わかりました」
激しい雨音が響く中、エリザベスの決意のこめられた声が聞こえた。
俺は一度馬車に戻り、荷台の中から穴を掘るのに使えそうな工具を探して、それを手に戻って来た。
「それで母上は!? エドワード! 母上はどこ!?」
エリザベスの声を聞いたエドワードの目が一瞬、俺に向けられる。
「「!?」」
俺とエドワードは、同時に違う方向へと駆け出した。
雨が激しく振り続けていた。
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