第222話 母親発見!

 雨が激しく降り続ける中、だんだんと陽も落ち始めてきた。


 このまま夜を迎えてしまうと、母親を探すのはとても難しくなることだろう。そんな焦燥感が俺を捉える。


 激しい雨音に急き立てられ、思わず駈け出した俺の頭の中に、ココロチンの声が聞こえてきた。


(ココロ:田中様! まず落ち着いてください! 焦っても意味はありませんよ!)


(落ち着けと言われても……とにかく今は早く母親を見つけないと……)


(シリル:だから落ち着いてください。まずは【索敵】マップからです!)


 あっ! そうだった! 母親がもし生きていればマップに表示されるはずだ。


 俺が【索敵】マップを表示させると、たちまち視界に複数のマーカーが表示される。


 自分の三角マーカーを中心に、ライラの青いハートマーク、現在は味方識別された青いマーカーが4つ、そして……


 俺たちから少し離れた場所に、緑のマーカーが点滅していた。


 俺は全速力で緑マーカーを目指して走る。緑マーカーの近くまで来たところで、前方の木陰に女性の足が白く浮かび上がっている見えた。


「エドワード! 母親がいたぞ! こっちだ!」


 俺の叫び声を聞いたエドワードが、凄まじい勢いで駆け寄ってくる。


 二人して木の裏に回る。


「「!」」

 

 木の陰には、エドワードの母親が倒れていた。


 彼女は、腕を縛られ、猿ぐつわをされ……そして、腹部には大きな傷があった。


 その白い肢体が雨に打たれていた。


 俺とエドワードはそれぞれ上着を脱いで、母親の体を包むように被せる。


「母上……」


 エドワードが跪いてうな垂れる。


 開かれたままの母親の目を見つめるエドワードの瞳から、光が失われていた。


「……おい!」


 俺はエドワードの肩を掴んで揺さぶる。


「おい! エドワード!」


 抜け殻になろうとしていた彼を呼び戻したのは、


「母親はまだ生きてるぞ! しっかりしろっ!」


 生きているという言葉。


 目に光が戻ったエドワードは、母親の顔を覗き込んで必死に声を掛ける。


「母上! エドワードです! 母上! 助けに参りました! 母上! 母上!」

 

 何度も呼び掛けるうちに、ずっと開いたままだった瞳が、一度瞬きをした。


「母上!」

 

 エドワードの声を聞きつけて、エリザベスも駆け寄って来た。


「エドワード! 母上は見つかったの!」

 

「姉さん! 母上が! 母上が生きてた!」


「母上!!」

 

 エリザベスとエドワードが、母親の顔を覗き込み必死で声を掛ける。


「エ……リザベス、エ……ドワード……無事だったのね……よかった」


 二人の必死の呼びかけに、母親の瞳に微かな光が灯る。


「「母上!」」

 

「よかった……よかった……」


「ローザとアリスも無事ですよ、母上! この方が助けてくれました!」


 そういってエドワードが俺を指差す。


 母親の目が、俺に向けられたので、俺は頭を下げて挨拶する。


「そうですか……ありがとうございます……」


 そして母親の目が泳ぐ。


「あのひとは……」


 エドワードが父親の死を告げた。


「……そう」


 夫の死を聞いた彼女の目から、徐々に光が失われていく。


「最後に……あなたちの顔を見られて……よかった……」


「母上! 何を言っているのです! 一緒におばあ様の処へ行くのですよ!」


 母親の今の際の言葉を聞いたエリザベスが叫んだ。


 半狂乱になりつつあった姉を、エドワードは黙って見つめていた。


 エリザベスがエドワードの顔を見て固まる。


「まさか……」


 今になってエリザベスは、母親の身体を覆う俺たちの服に気が付いたようだった。


「まさか……」


 救いを求めるかのようなエリザベスの視線を受けきれず、エドワードは目を逸らした。


「まさか……まさかまさかまさかまさかまさか」


 半狂乱になったエリザベスが、母親の身体を確認する。


「お母様! なんてこと! 血が! 血がこんなにぃぃぃ!」


「姉上!」

 

 自ら狂気に落ちていこうとする姉を止めようと、エドワードがエリザベスの肩を揺さぶった。


「姉上! 母上の最後の言葉を聞いてください!」


 そう叫ぶエドワードの目から、雨の交じった涙が流れ落ちていく。


 ところで――


 大変な悲劇が進行するなか、俺はと言えば【索敵】マップの緑マーカーの点滅がどんどん早くなり、明度が落ちていくのを、ずっとハラハラしながら見ていた。

 

「……あのひととラーナリアの……楽園で……」


「母上!」


 エドワードの顔が苦悩で歪む。


「いやぁぁぁあ! お母様! 死なないでぇぇぇえええ!」


 エリザベスが悲鳴のような叫び声を上げる。


「……待ってる……わ」  


 母親の最後の言葉が吐き出され……


 ……ようとしたところで、その言葉を掻き消す大音量で俺は叫んだ。


「【幼女化ビーム!】」


 ご婦人にいきなりタッチするのは、さすがにどうかと思ったのでビームにした。俺は紳士なのだ。


 ボンッ!


 激しい雨が降り注ぐ中、アルミン夫人の身体が白い煙に包まれる。


 そして白い煙が消えた時には、


 幼女が一人立っていた。


「「えっ!?」」


 エリザベスとエドワードが狐に包まれたような顔になる。


「「誰?」」

 

 さすがは姉弟。二人で仲良く同じ言葉をハモっていた。


「「誰?」」


 大事なことだからなのだろう。


 二人はもう一度、ハモっていた。



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